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福島正幸[ふくしま まさゆき] 福島 正幸(ふくしま まさゆき、1948年(昭和23年)- )は、日本の元競輪選手である。群馬県前橋市出身。日本競輪学校第22期卒業。現役時代は日本競輪選手会群馬支部所属。1966年(昭和41年)デビュー。 ==コンピューター== 競輪解説者であった寺内大吉より、コンピューターというニックネームを授かったほど、現役時代は他のトップクラス選手よりも選手の心理を読むことに長け、また、レースの分析力にも卓越していたものを持っていた。その典型例が、下記に挙げるレースだったといわれている。 :SPEEDチャンネルにおいて福島の特集が組まれた際、次のレースが紹介された。1970年の競輪王戦の決勝で、福岡の平田貞雄がメンバー的に見て自ら得意としていた捲りを繰り出しやすいと考えられ、本命視されていた。しかも残りあと1周を通過した時点で平田は4番手と絶好の位置につけていた。ところが後方に控えていた福島が稲村雅士を連れて最終ホームからスパートをかけ、2角付近では早くも先頭に踊り出るやそのまま押し切って優勝。2着に稲村。対して福島に先んじて捲られてしまった平田もその後懸命に福島-稲村を追うものの、3着が精一杯だった。このレースについて福島は、「平田さんが捲ろうとする前に自ら仕掛けていたこともあって、平田さんが踏み遅れてしまった」と述懐。相手が考えているだろうということに対して常に一つ、二つと先んじて考えてプレーするという、「知力」という概念を競輪界に持ち込んだ最初の選手が福島だったと言われている。 その源となったのが、日刊スポーツ競輪評論家であった鈴木保巳率いる「鈴木道場」にあったことは言うまでもなく、福島は鈴木の徹底なる指導により、極限まで自分を追い詰め続けた練習等の話は今も語り草になっているほど。また、鈴木の名を競輪界に広く広めることになったのは、愛弟子である福島の輝かしい功績があったからである。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「福島正幸」の詳細全文を読む
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