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禰寝清方[ねじめ きよかた] 禰寝 清方(ねじめ きよかた、正徳3年11月22日(1714年1月8日) - 享保19年2月20日(1734年3月24日))は、江戸時代中期の薩摩藩士。吉利郷私領主の禰寝家当主。 父は禰寝清純。母は禰寝清雄の娘。養子は禰寝清香(小松清香)。幼名は徳慈、通称は内記。 == 生涯 == 正徳3年(1713年)11月22日、禰寝清純の子として鹿児島で生まれる。享保3年(1718年)、藩主島津吉貴の清純邸御成の際に御目見する。享保9年(1724年)、父の死去により家督を相続する。享保16年(1731年)、四番組頭、番頭役となる。享保18年(1733年)、藩主島津継豊の帰国許可の答礼使を務め、江戸に出府して江戸城で将軍徳川吉宗、世子徳川家重に拝謁する。享保19年(1734年)2月20日、疱瘡により病死する。享年22。家督は祖父清雄の外孫島津久春の次男の清香が相続した。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「禰寝清方」の詳細全文を読む
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