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秋元陽太[あきもと ようた]
秋元 陽太(あきもと ようた、1987年7月11日 - )は、東京都町田市出身のサッカー選手。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 == 来歴 == 横浜F・マリノスの下部組織出身。2005年には関東プリンスリーグ優勝及びクラブユース選手権準優勝の好成績を挙げ、2006年にトップチームへ昇格した〔 横浜F・マリノス (2005年10月17日)〕。しかし同年10月のJサテライトリーグ甲府戦で前十字靭帯及び内側側副靱帯を断裂〔 横浜F・マリノス (2006年10月11日)〕。長期離脱を強いられ、翌2007年開催のU-20ワールドカップメンバー入りも逃した。2008年7月、J1第16節新潟戦において榎本哲也に代わるGKとしてJリーグ初出場の機会を得たが〔秋元陽太(愛媛FC)後編「“目立たない”キーパーに」 SPORTS COMMUNICATIONS (2012年6月25日)〕、チームの連敗を止めることができず〔選手出場記録 (1/2) Jリーグ (2008年12月6日)〕先発定着を果たせなかった。その後も榎本や1期先輩の飯倉大樹に阻まれ、在籍6年間での公式戦出場は7試合に留まった。 2012年、J2・愛媛FCへ移籍〔秋元陽太選手 愛媛FCへ完全移籍のお知らせ 横浜F・マリノス (2012年1月5日)〕〔秋元陽太選手 加入のお知らせ 愛媛FC (2012年1月5日)〕。俊敏性と的確な状況判断、高いキック精度を武器に〔秋元陽太(愛媛FC)前編「J1レベルの守護神」 SPORTS COMMUNICATIONS (2012年6月18日)〕川北裕介や萩原達郎を抑えてポジションを獲得。低迷するチームにあって闘志溢れるプレーで〔連敗中の秋元の苦言。「戦う姿勢が伝わるプレーができていない。プロとしての責任を感じる」 blogola (2013年4月13日)〕奮戦した。 2014年、2年連続でのオファーを受けて〔【THE REAL】27歳の遅咲きゴールキーパー・秋元陽太…湘南ベルマーレの赤丸急上昇 (2/3) CYCLE (2015年6月2日)〕湘南ベルマーレへ完全移籍〔秋元 陽太選手 湘南ベルマーレに完全移籍のお知らせ 愛媛FC (2013年12月23日)〕〔愛媛FC 秋元陽太選手 移籍加入のお知らせ 湘南ベルマーレ公式 2013.12.23〕。同年はリーグ戦42試合中23試合を無失点に抑える堅守でチームの快進撃を支え、J2優勝及びJ1昇格を果たした。2015年、一時は初めて正GKとして迎えるJ1の舞台に苦しむも、徐々に安定〔【THE REAL】27歳の遅咲きゴールキーパー・秋元陽太…湘南ベルマーレの赤丸急上昇 (3/3) CYCLE (2015年6月2日)〕。気迫の守備で相手の決定機を阻んで勝ち点を呼び込み、クラブ改称以来初となるJ1残留の立役者になった。 湘南からの契約延長〔湘南GK秋元 FC東京移籍が濃厚…退団アブラモフの後釜に スポーツニッポン (2015年12月13日)〕及び複数クラブからの獲得オファーにより争奪となる中〔4チーム争奪戦に終止符! FC東京 湘南GK秋元獲得が決定的に スポーツニッポン (2015年12月16日)〕、GK権田修一の穴埋めを図るFC東京の求めに応じ〔東京、守護神の権田離脱で湘南GK秋元獲得に動く 日刊スポーツ (2015年12月2日)〕、同クラブへ完全移籍〔秋元陽太選手 FC東京へ移籍のお知らせ 湘南ベルマーレ (2015年12月30日)〕〔秋元陽太選手 完全移籍加入のお知らせ FC東京 (2015年12月30日)〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「秋元陽太」の詳細全文を読む
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