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秦 公春(はた の きみはる)は、平安時代末期の官人。秦武則の子。子に助安・信光がいた。左大臣藤原頼長の随身で、官職は左近衛府生。頼長の男色の相手として知られる。 天養2年(1145年)、召使国貞なる者の殺害犯人が赦免されたことに怒った頼長は、公春をしてこの犯人を密かに殺害させた。また公春は糖尿病を患っており、頼長はたびたび平癒祈願の仏事を行っている。しかし甲斐なく公春が死去すると、頼長は3ヶ月にわたって公事を休み、その評判を落とした。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「秦公春」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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