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稲葉 正誼(いなば まさよし、文政10年3月2日(1827年3月28日) - 嘉永元年10月22日(1848年11月17日))は、山城淀藩の第11代藩主。正成系稲葉家宗家15代。 越後国高田藩主榊原政令の七男。官位は従五位下。丹後守。幼名は栄之進。 天保12年(1841年)9月27日、稲葉正守の養子となる。天保13年6月18日、将軍徳川家慶に拝謁する。同年7月20日、養父正守の隠居により、家督を継いだ。同年10月29日、従五位下丹後守に叙任する。嘉永元年(1848年)10月22日、22歳で死去し、養嗣子の正邦が跡を継いだ。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「稲葉正誼」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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