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立花一 : ウィキペディア日本語版
立花一[たちばな はじめ]

立花 一(たちばな はじめ、1882年明治15年)12月7日 - 1966年昭和41年)10月31日〔『日本海軍将官辞典』236頁。〕)は、日本の海軍軍人政治家。最終階級は海軍少将舞鶴市長
== 経歴 ==
鹿児島県鹿児島郡鹿児島城下で、立花直助、アサ夫妻の息子として生まれる〔『日本海軍史』第10巻、221-222頁。〕。1905年11月、海軍兵学校33期)を卒業し、1906年12月、海軍少尉任官。海軍大学校で乙種学生、専修学生として学ぶ〔。
須磨」「三笠」「石見」「香取」「八雲」「磐手」「山城」「陸奥」などの航海長を務めた〔。1926年10月、「石廊」特務艦長に就任し、同年12月、海軍大佐に進級した〔。
1927年4月、舞鶴要港部港務部長に転じ、以後、兼舞鶴要港部軍需部長、呉港務部長などを務め、1932年12月1日、海軍少将に進級し軍令部出仕となる〔。同月10日、待命、同月15日に予備役編入となる〔。1945年4月1日に退役した〔。
1938年11月8日から1943年5月26日まで京都府東舞鶴市長を務めた〔「立花一京都府舞鶴市長ニ任スルノ件」〕〔『日本の歴代市長』第2巻、727頁。〕。1943年5月27日、旧舞鶴市と東舞鶴市が合併して新舞鶴市が誕生し、立花はその初代市長に同年7月27日に就任した〔。戦時下の対応、空襲などからの市民の安全確保、戦災の復興などに尽力。1945年12月10日に市長を退任した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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