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竪山利武[たてやま としたけ] 竪山 利武(たてやま としたけ、生没年不詳)は、幕末の薩摩藩士。諱は利武。通称は武兵衛。島津斉興、島津斉彬、島津忠義の3代に仕え、側役や側用人〔『島津斉宣・斉興公史料』の673号史料参照〕、当番頭、勘定奉行を務める。また高隅郷、山川郷、串木野郷地頭を務める。 == 概要 == 島津斉興の在職中に高隅郷地頭に就任し、この頃には既に側役になっていた思われる〔島津重豪時代以降、側役以上は地頭を兼任していた。なお、『諸郷地頭系図』では曽於郡郷地頭に『竪山武兵衛』の名があるが、利武本人かは不詳。〕。 藩主が島津斉彬に代わってからも引き続き側用人格側役として側近に仕え、その後、串木野郷地頭時代に当番頭、勘定奉行に昇進〔「串木野町郷土誌」参照〕。当時の薩摩藩公用を担当し、一門家の財政改革にも着手している。また、西郷隆盛が斉彬から政治資金50両を与えられ際、その取次は利武が行った。 安政5年(1858年)斉彬が亡くなった際には、家老らとともにその遺言を伝えられようとしたという。没年は不明だが、家督は子の利成が継いだ。
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