翻訳と辞書
Words near each other
・ 第3SS装甲師団
・ 第3SS装甲師団 トーテンコピフ
・ 第3のイタリア
・ 第3のツボ
・ 第3のビール
・ 第3のマニフェスト
・ 第3の男
・ 第3の道
・ 第3インターナショナル
・ 第3ガッリカ軍団
第3ガリカ軍団
・ 第3キュレナイカ軍団
・ 第3コンスタンティノポリス公会議
・ 第3コンスタンティノープル公会議
・ 第3セクター
・ 第3セクター鉄道
・ 第3タイ・ラオス友好橋
・ 第3ターミナル駅
・ 第3ラテラン公会議
・ 第3世セ・リンポチェ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

第3ガリカ軍団 : ウィキペディア日本語版
第3軍団ガッリカ[だい3ぐんだんがっりか]
第3軍団ガッリカ (Legion III Gallica) は共和政末期の紀元前49年グナエウス・ポンペイウスと共和派に対抗するためにガイウス・ユリウス・カエサルの手によって編成されたローマ軍団。「ガッリカ」の意味から編成された軍団兵が共和政ローマ支配下のガリア地方だった事が推測される。第3軍団は長く存続し、4世紀初頭までローマ軍団として存続した。軍団の紋章は牡牛である。
== 軍歴 ==

=== 共和政末期 ===
軍団はカエサル指揮のもとファルサルスの戦いムンダの戦いに従軍、カエサルの暗殺後の第二回三頭政治期はマルクス・アントニウスの指揮下に入り、パルティアへの遠征に参戦した。その後アクティウムの戦いに参戦するもアントニウスが敗れ第3軍団は降伏する。指揮官のアントニウスが自死すると軍団は東方へと派遣され、属州シリアの赴任となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「第3軍団ガッリカ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Legio III Gallica 」があります。



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.