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第3次中曽根内閣[だい3じなかそねないかく]
== 概要 == 自由民主党の単独内閣。1986年(昭和61年)8月、連立与党であった新自由クラブは解党され、多くが自民党に合流した。同年9月、文部科学大臣の藤尾正行が「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」と述べたことに対して韓国側からの抗議があり、中曽根は藤尾を罷免した。同月の党大会において、中曽根の総裁任期1年延長が決定。同月、中曽根は「アメリカには黒人などがいて、知識水準が低い」と発言。この後批判を浴び、陳謝した。同年12月、防衛費1%枠撤廃を閣議決定した。 1987年(昭和62年)、国鉄が分割民営化され、JR6社が発足。同年6月、総合保養地域整備法(リゾート法)を制定、民間活力の導入によるリゾート産業の振興と余暇活動の促進を目的とした。同年7月、自民党竹下派が「経世会」を結成。同年10月、中曽根は自民党次期総裁に竹下登を指名、党大会において正式に決定された。翌11月、中曽根内閣は総辞職した。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「第3次中曽根内閣」の詳細全文を読む
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