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『第5回NHK紅白歌合戦』は、1954年(昭和29年)12月31日に日比谷公会堂で行われた、通算5回目のNHK紅白歌合戦。21時15分 - 23時00分にNHKで生放送された。 == 概要 == *テレビとラジオで同時中継されたが、VTRがまだ存在していなかった時代故、映像は当然現存しない。音声に関しては名古屋市在住の一般男性がラジオ中継の音声を録音していたオープンリールのテープが発見され、1999年末にNHKへ提供された。NHKに現存する紅白の音声は今回が最古である。ただし、録音されていたのは冒頭から1時間程の部分であり、初出場の美空ひばりが「ひばりのマドロスさん」を歌う模様は収録されていない。今回の写真も現存する。 *2004年にNHKラジオ第1で放送された特集番組内で、現存するラジオ中継の音声のうち、オープニングと6人の出場歌手の歌の音声が紹介された。紹介された歌手達は以下の通り(当時の歌唱順)。 * 紅組 … 宮城まり子、松田トシ、雪村いづみ * 白組 … 岡本敦郎、河野ヨシユキ、藤山一郎 *2005年にもNHKラジオ第1で放送された特集番組内で、江利チエミの歌のラジオ中継の音声が紹介されている。 *両軍司会は福士夏江・高橋圭三(2年連続)が担当。 *今回でひばり、江利チエミ、雪村の3人娘が初めて揃い踏みした。ひばりに関しては、既に第3回(1953年1月)の時点で、出演のオファーがかけられていたが、第3回は正月興行、その次の第4回(1953年12月)は年末の公演との兼ね合いから、ひばりサイドから出演を見送られた経緯があり、NHKにとっては3度目の「ラブコール」が実った形となった。 *河野ヨシユキが11歳310日で初出場。この最年少出場記録は以後、第59回(2008年)に“藤岡藤巻と大橋のぞみ”として出場した当時9歳237日の大橋のぞみに破られるまで54年間に亘り続いた(現在の最年少出場記録は第62回(2011年)における芦田愛菜の7歳193日。また白組の最年少記録については、第62回における鈴木福の7歳199日に更新されるまで57年間に亘り続いた。ソロ歌手としての最年少出場記録は第59回以降も保持していたが、これも第62回での芦田・鈴木に更新された)。河野の歌唱曲「キツツキの赤いトランク」の曲間では白組司会の高橋圭三が「立派な男性です。念のため。」と解説。 *この当時はまだテレビの普及率も高くなく、ラジオで紅白を聞く人の方が圧倒的に多かったこともあってか、上記の河野に限らず、その時のステージ上の光景が説明されることが多かったようである。江利のステージでも間奏中に男性実況アナウンサーが「ペギー葉山さんと(雪村)いづみちゃんが盛んに踊って、男性軍をからかっております」と光景を説明している。 *二葉あき子は史上初の5回連続出場を達成。 *白組トリは第3回以来の出場となった霧島昇が担当、返り咲き出場者がトリを飾る事例は今回が初めて。 *優勝は紅組。 *今回使用したマイクロホンは、司会者用・歌手用共にRCA-77D。しかし、何故か歌手用のところだけは両軍共に同じマイクが2本並んでいる。 *今回の福士を最後にNHKの女性アナウンサーによる紅組司会は、第37回(1986年)の2人体制となった際の目加田賴子まで途絶えており、単独では第49回(1998年)の久保純子までなかった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「第5回NHK紅白歌合戦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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