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第六航空隊[だい6こうくうたい]
第六航空隊(だい6こうくうたい)および1942年(昭和17年)11月1日に改称した第二〇四海軍航空隊(だい204かいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。太平洋戦争に戦闘機部隊として従事した。 ==沿革==
===六空=== 第6航空隊は、蘭印・外南洋方面の侵攻作戦が順調に完了したことから、最前線で活動してきた台南海軍航空隊と第三航空隊のベテランを中心に、米豪遮断を主軸とする第二段作戦に備えて、1942年4月1日木更津飛行場で開隊された。定数、戦闘機60・偵察機8。4月18日ドーリットル隊本土空襲。18機で機動部隊を追撃するが会敵せず。ミッドウェー島占領の暁にミッドウェー基地航空隊となるべく、5月17日ミッドウェー海戦に本隊出動(機体は第一航空艦隊の空母に搭載)。5月18日アリューシャン作戦に参加。佐伯湾で「隼鷹」に着艦し出航。6月4日アリューシャン部隊、ウナラスカ島ダッチハーバーに出撃。空中戦および機銃掃射に従事。6月5日ミッドウェー海戦で空母もろとも全機を喪失し、機体をすべて失った。6月25日ミッドウェー部隊木更津に帰還。アリューシャン部隊大湊に帰還(機体は隼鷹飛行隊に譲渡)。 1942年8月19日ラバウルに向け、先遣隊18機木更津発。本隊は「瑞鳳」などの輸送により10月までに進出。以後、ガダルカナル島奪還作戦に従事。10月7日ブーゲンビル島ブインに進出。10月11日ヘンダーソン飛行場砲撃に出撃した「金剛」「榛名」を護衛。以後、艦隊随伴・防空に従事。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「第六航空隊」の詳細全文を読む
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