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箱男[はこおとこ]
『箱男』(はこおとこ)は、安部公房の書き下ろし長編小説。ダンボール箱を頭から腰まですっぽりとかぶり、覗き窓から外の世界を見つめて都市を彷徨う「箱男」の記録の物語。「箱男」の書いた手記を軸に、他の人物が書いたらしい文章、突然挿入される寓話、新聞記事や詩、冒頭のネガフィルムの1コマ、写真8枚など、様々な時空間の断章から成る実験的な構成となっている〔苅部直『安部公房の都市』(講談社、2012年)〕〔永野宏志「書物の「帰属」を変える―安部公房『箱男』の構成における「ノート」の役割―」(工学院大学研究論叢、2012年10月)〕。都市における匿名性や不在証明、見る・見られるという自他関係の認識、人間の「帰属」についての追求を試みると同時に〔安部公房「『箱男』を完成した安部公房氏――談話記事」(共同通信、1973年4月6日号に掲載)〕〔安部公房「書斎にたずねて――談話記事」(『箱男』投込み付録)(新潮社、1973年)〕〔高野斗志美『新潮日本文学アルバム51 安部公房』(新潮社、1994年)〕、人間がものを書くということ自体への問い、従来の物語世界や小説構造への異化を試みたアンチ・ロマン(反・小説)の発展となっている〔〔平岡篤頼「二重化と象徴(迷路の小説論11)」(早稲田文学、1973年12月)〕〔杉浦幸恵「安部公房『箱男』における語りの重層性」(岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要、2008年7月)〕〔工藤智哉「『箱男』試論―物語の書き手をめぐって」(国文学研究、2002年6月)〕。 1973年(昭和48年)3月30日に新潮社より刊行された。『箱男』は書下ろしという形ではあるが、執筆中いくつかの予告編や短編が、雑誌『波』の「周辺飛行」に掲載された(改稿を経て本編に組み入れられたものや破棄された部分が混在している)。翻訳版はE. Dale Saunders訳(英題:The Box Man)をはじめ、各国で行われている。 == 作品成立・発想 == 『箱男』は『燃えつきた地図』の次に書かれた長編であるが、安部公房は『燃えつきた地図』発表直後、次回作の構想を、「逃げ出してしまった者の世界、失踪者の世界、ここに住んでいるという場所をもたなくなった者の世界を描こうとしています」と語り〔安部公房「国家からの失踪」(インタビュー 1967年11月)〕、それから約5年半の間、あさってには終わる感じで時が経ち、書き直すたびに振り出しに戻っては手間がかかり、原稿用紙300枚の完成作に対して、書きつぶした量は3千枚を越えたという〔。「箱男」の発想のきっかけとしては、浮浪者の取り締まり現場に立ち会った際、上半身にダンボール箱をかぶった浮浪者と直に遭遇してショックを受け、小説のイマジネーションが膨らんだと語っている〔安部公房「小説を生む発想――『箱男』について・現代乞食考」(第66回新潮社文化講演会・新宿・紀伊國屋ホール、1972年6月2日)。新潮カセット『小説を生む発想――「箱男」について』(新潮社、1993年10月20日)〕。 作中に登場する「贋医者」の発想については、戦争中の医者不足の時代に医者の心得や技術をかなり持っていた「衛生兵」がいたことに触れ、自分のように医学部を卒業している者より、そういった経験を積んだ贋医者の方が実質的技量が上だったとし、現在では国家登録か否かで本物か贋物かを判断し、一般的には「贋医者」をこの世の悪かのように決めつけられるが、本物の医師の間でも大変な技術差があり、素人と変わらないいい加減な医師も多く、そういう免状だけの医師の方が危険で怖いと医学界の内部事情を語りつつ〔、ある意味で一切のものが登録されていないダンボールをかぶった「乞食」である「箱男」と「贋物の〈箱男〉」の関係について、「とにかく本物と贋物ということが、実際の内容であるよりも登録で決まる。そういうことから、全然登録を拒否した時点で、何でもないということは乞食になるわけです。これが乞食でない限りは全部贋物になる。その贋物がいっぱい登場してくる、贋物と箱男の関係で、とにかくイマジネーションとしては膨らんでいったわけです」と説明している〔。 なお、自殺したがっているアル中の浮浪者を仲間の浮浪者が同情し首吊りを手伝ったという新聞記事からも発想を受けて、それを書いた独立した章もあったが、最終稿からはずしたという〔安部公房「発想の種子――周辺飛行29」(波 1974年3月号に掲載)〕。安部のノートには、「自殺者が発見されたとき、その仲間は近くの石に腰をおろして泣いていた。警官の尋問に対して、男はただ〈待っていた〉とだけ答えた。〈何を待っていたのか〉と訊かれても、それには答えることが出来なかった」と記されている〔。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「箱男」の詳細全文を読む
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