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篠原 光(しのはら ひかる、1974年10月9日 - )は、日本の女性総合格闘家、プロレスラー。東京都出身。チーム南部所属。初代UKF女子総合格闘技60kg級王者。 == 来歴 == 2001年7月26日、南部虎弾率いる「チーム南部」所属としてスマックガール・渋谷club ATOM大会で佐藤めぐみとReMixアマチュアルールで対戦し、フロントチョークで一本勝ちを収めた〔星野“DDT”で快勝/7.26 SMACK GIRL 3:レポ&写真 BoutReview 2001年7月26日〕。 2002年3月2日、スマックガールのメインイベントで辻結花と対戦予定であったが、40度の高熱を理由に欠場した(公式記録は0秒、タオル投入によるTKO負け)〔[スマックガール] 3.2 ディファ有明大会 レポート&写真 BoutReview 2002年3月2日〕。 2003年11月24日、12月28日にはJDスター女子プロレスに参戦、石川美津穂と「総合格闘技戦」を行い1勝1敗。以後、JDスターなどでプロレスの試合も行うようになった。 2004年6月6日、Love Impact第2回大会で増山ともえにキャメルクラッチで一本勝ちし、プロ総合格闘技初勝利となった〔[Love Impact] 6.6 台場:美少女空手家のフルコン戦に総合ファン沸く BoutReview 2004年6月6日〕。 2005年12月31日、スマックガールが立ち上げた女子プロレス興行「GIRLS DOOR」第2回興行(新宿FACE)で、篠原は横瀬いつかと共に大向美智子に暴行を働いた。 2006年8月26日に東京・西調布格闘技アリーナで行なわれた二見社長が主催する「T-1スペシャル」で、約8ヶ月ぶりに女子プロレスのリングに復活。堀田祐美子と変則タッグマッチで対戦した。以降、「T-1興行」のレギュラーとして活躍。 2007年1月21日に東京・新宿FACEで行われた「ベニー"THE JET"ユキーデ・プロデュース 武頼漢 -BURAIKAN- J・BOY!」で、アメリカのリーソル・ウィルカーソンを腕ひしぎ十字固めで下し、初代UKF女子総合格闘技王者となった〔【武頼漢】新田、ユキーデ弟子を下しU.K.F世界ミドル級王者に輝く 格闘技ウェブマガジンGBR 2007年1月21日〕。6月5日、新木場1st RINGで開催された「T-1スペシャル」で、折原偽夫と一騎打ち。無効試合で終わるが、桜井亜矢と再試合を行い腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。 2007年7月26日に東京・後楽園ホールで行われた南部虎弾プロデュース興行「DEEP GLOVE」のUKF女子総合格闘技タイトルマッチ(5分2R)で、ゲベカ・ベック・ニネス(オーストラリア/挑戦者)にアームロックによる一本勝ちを収め、初防衛に成功した〔【DEEP GLOVE】寒川がジャブ数発で相手を戦闘不能に追い込む! 格闘技ウェブマガジンGBR 2007年7月26日〕。10月8日、「T-1グランプリ」新宿FACE大会で、石川雄規と最強師弟タッグを結成し菊タロー&佐野直と対決。 17歳で出産した娘・AYAがいるが、2008年、格闘技歴が全くないにもかかわらず自分が事故で欠場した試合に出場させた〔【DEEP GLOVE】9・20篠原光が交通事故で負傷欠場、17歳の愛娘が緊急参戦! GBR 2008年9月17日〕。 2008年12月22日、DEEP PROTECT IMPACT 2008で自分より9kgも軽いMIKUと対戦したが、何もできないまま腕ひしぎ十字固めで一本負けを喫した。 2009年2月12日に元WBA世界ジュニアバンタム級王者のヨックタイ・シスオーと入籍し、2月19日に挙式を行った。11月には長男を出産した。 2009年9月、夫とともに宮城県柴田郡大河原町にヨックタイジムをオープンさせた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「篠原光」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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