|
紀 国守(き の くにもり、生没年不詳)は、平安時代前期の医師。出自は明らかでないが、常陸介・紀真人〔『尊卑分脈』による。ただし、真人は朝臣姓であることから、誤りか。〕あるいは鍼博士・紀魚人〔鈴木真年『諸系譜』第一冊,紀朝臣〕の子とし、子に紀貞範、孫に紀長谷雄を繋げる系図がある〔。官位は従五位下・典薬頭〔『尊卑分脈』〕。 == 経歴 == 承和9年(842年)に弟・紀魚守とともに、臣姓から朝臣姓に改姓する(この時の官位は外従五位下・侍医)〔『続日本後紀』承和9年3月8日条〕。のち内薬正・典薬頭を歴任した〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「紀国守」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|