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紀 広名(き の ひろな、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。中納言・紀麻路の子。子に真人がいる。官位は正五位下・東海道巡察使。 == 経歴 == 天平12年(740年)正六位上から外従五位下に昇叙され、上総守を経て、天平17年(745年)従五位下に叙せられる。のちに、大学頭・少納言・主税頭・智部少輔・東海道巡察使・式部大輔などを歴任した。神護景雲2年(768年)各道の巡察使から言上がなされた際、寺社の封戸に対する租税減免、都へ舂米(白米)を運搬する際の雑徭に対する食料支給、重要な駅家に対する駅馬の増設(小路であっても中路の駅に準じて10疋を配置)、という施策を東海道巡察使として建言し、許可されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「紀広名」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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