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紀 春主(き の はるぬし、生没年不詳)は、平安時代初期の官人。越中権守紀椿守の子。子に豊春がいる。正六位上・土佐権掾。 もとは大安寺の僧で、法名を恵霊といい、僧位は伝燈大法師位であった。承和3年(836年)に還俗し、正六位上・遣唐訳語(通訳)兼但馬権掾に叙任された〔『続日本後紀』承和3年閏5月13日条〕。承和5年(838年)の遣唐使にて唐に渡り、円仁の『入唐求法巡礼行記』には「紀通事」として彼の名が見える〔『入唐求法巡礼行記』一・開成4年(839年)4月8日条〕。貞観年間に左近衛医師を務めた。 == 脚注 == 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「紀春主」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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