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織田信治[おだ のぶはる]
織田 信治(おだ のぶはる)は、戦国時代の武将。織田信秀の五男とも七男〔西ヶ谷恭弘『織田信長事典』P230〕とも伝わる。織田信長の弟。子に柘植正俊。尾張野府(野夫)城主。 == 生涯 == 兄・織田信長に従って野府城(現在の一宮市開明の開明小学校付近が城址)を与えられていた〔。 元亀元年(1570年)9月19日未明、浅井・朝倉連合軍が近江宇佐山城に迫ってきた際、信治は京都から2000の援兵を率いて救援に駆け付けた〔岡田正人『織田信長総合事典』P121〕〔『来迎寺要書』〕。9月20日、森可成、青地茂綱と共に宇佐山城から出て浅井長政・朝倉義景の連合軍と近江坂本で戦ったが、衆寡敵せず可成、茂綱と共に戦死した(宇佐山城の戦い)〔阿部猛『戦国人名事典』P218〕〔〔〔『信長公記』〕。享年27〔。 子の柘植正俊は江戸幕府の旗本となった〔。野夫城主の座は津田元嘉が継いだとされる〔岡田正人『織田信長総合事典』P153〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「織田信治」の詳細全文を読む
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