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土岐康行の乱[ときやすゆきのらん] 土岐康行の乱(ときやすゆきのらん)は、室町時代の康応元年(1389年)-明徳元年(1390年)に守護大名の土岐康行が室町幕府に討伐された事件である。美濃の乱とも呼ばれる。 == 土岐氏 == 美濃源氏の土岐氏は美濃国で大きな勢力を有し鎌倉幕府の有力御家人となった。土岐頼貞は南北朝の争乱では北朝方について室町幕府から美濃守護職に任じられ、足利尊氏を助けて功績が大きく幕府創業の功臣となった。その孫の頼康は美濃国・尾張国・伊勢国の3ヵ国の守護に任ぜられて評定衆に連なり、土岐氏の最盛期を築いた。 三代将軍足利義満の時、頼康は管領細川頼之と不和になって勝手に帰国してしまい、義満を激怒させ討伐令を出されたことがある(後に謝罪して許された)。康暦元年(1379年)の康暦の政変では斯波義将とともに細川頼之排斥に動いている。頼康は幕府創業以来の宿老として重きをおいた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「土岐康行の乱」の詳細全文を読む
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