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『たかじん胸いっぱい』(たかじんむねいっぱい)〔一部地域のテレビ番組表では「たかじん 胸いっぱい」とブランクの表記もある。〕とは、関西テレビ(カンテレ)で1994年1月15日から2015年3月28日まで毎週土曜日の午後に放送されていたバラエティ番組。やしきたかじんの冠番組。通称『胸いっぱい』。 関西テレビの長寿番組の1つで、2003年4月以降の放送時間は12:00 - 13:00(JST)。サブタイトルは「たかじんショータイム」。 司会のやしきたかじんの自身の著書(『たかじん胸いっぱい 商店街の見える家』、ベストセラーズ、1993年。ISBN 4584008493)は当番組と同名であるが、たかじん自身は番組内で「この番組とは関係ない」と話している(タイトルの意味に関しては後述)。 2015年4月4日から番組タイトルから「たかじん」の冠を外し『昼間っから激論バラエティ 胸いっぱいサミット!』(ひるまっからげきろんバラエティ むねいっぱいサミット)に改題した。 == 概要 == *放送開始から2003年3月までは、毎週土曜日の13:00 - 14:00に放送。たかじんの冠番組としては、テレビ・ラジオを含めて、最も長く続いている。2013年12月には通算放送回数1000回・2014年1月には放送開始20周年を突破した。 *基本として、隔週木曜日午後または夕方に、関西テレビ本社内の「なんでもアリーナスタジオ」で公開収録。番組開始当初から一貫して、女性限定で観覧希望者を募集している。放送では、観覧者に混じって、スタッフの笑い声が聞こえることも多い。ただし、関西地区で新型インフルエンザが流行していた2009年には、非公開で収録していた時期があった。 *番組開始当初は、「さまざまなな角度から女性に関するテーマを追求する」というコンセプトで企画を実施していたことから、上沼恵美子もレギュラーとして出演していた。しかし、開始から1年後の1995年頃から、放送内容が徐々に一変。芸能界・テレビ番組などの話題を中心に、たかじんとゲストが丁々発止のトークを繰り広げるようになった。また、2013年12月末までに、たかじんの休暇先であるハワイやタヒチ・イタリアなどで海外ロケを6回実施。ロケ先によっては、放送時間を拡大したり、ロケの模様を2週にわたって放送したりすることもあった。 *たかじんが司会を務めた時期には、月1回企画の「芸能界サミット」で芸能記事が書き込まれたボードやフリップにたかじん自らマジックで書き込んだり、指し棒でパンパン叩く「パネル芸」や、たかじん自ら「楽しいからこそ、使って当たり前」でお馴染みの放送禁止用語満載のトークが名物になっていた。また、テレビ番組の春・秋の番組改編期の放送では、たかじんが新番組の視聴率を予想。さらに、出演者・番組内容などについて、たかじん流の辛口コメントを披露していた。そのため、番組内容によっては、サブタイトルの最後に「(たかじんが)斬ります」と付けていた。 *初回放送の視聴率は15.3%。開始当初から1997年頃までは、たかじんの人気に『ノックは無用!』(当時の前枠で放送されていた長寿番組、現在は当番組を放送)からの流れが相まって、常に視聴率が15%以上を超えていた。番組最高視聴率は番組5回目の20.5%〔2010年1月9日放送より。高視聴率の理由として、この日関西地区では大雪が降っていたから、と分析していた。〕。2003年4月に現在の放送枠へ移動した直後にも、関西地区の同時間帯1位に相当する12 - 15%台を記録していた。しかし現在では、2桁台を割り込むほどにまで下落。提供クレジットを表示するスポンサーも、2009年9月までの4社から、同年10月以降は1社(またはノンスポンサー)にとどまっている。 *2007年12月時点でたかじんがレギュラーで出演していたレギュラー番組(当番組以外では関西テレビ『ムハハnoたかじん』・読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)のうち、放送期間が最も長い当番組だけが、ハイビジョン制作(地上デジタル放送では画角16:9のハイビジョン画像)化で最も遅れを取っていた。しかし、同月1日に放送された『カンテーレ人気番組黄金リレー!どこまで行くねん!?7時間半(生)スペシャル!!2007』では、当番組のスペシャルパート(生放送)をハイビジョンで制作。レギュラー放送でも、同年3月22日放送分からハイビジョン制作へ移行した〔ただし、地上デジタル放送では、2008年3月15日放送分まで画角4:3の標準画像であった。〕。また、2008年4月5日放送分からは字幕放送〔当初は関西テレビと、当日から同時ネットを実施した岡山放送のみ。2012年7月14日以降は時差ネット局の北海道文化放送でも実施。ただし、収録が放送日の直前である場合には実施しない。〕を開始した。 *2009年4月の番組改編を機に、放送開始から15年間アシスタントを務めた中井雅之(ラジオ大阪出身のフリーアナウンサー)と、長年番組の顔であった桂ざこばが降板した。その一方で、ほしのあきがレギュラーに加わるとともに、企画に応じて藤本景子(関西テレビアナウンサー)が進行役を担当。『たかじんのそこまで言って委員会』と同じく、全国規模の政治・経済問題を扱う回が増えたことから、番組開始当初から不定期で出演していた遙洋子を準レギュラー扱いで起用した〔放送上は表記されていないが、遙の公式サイトには「不定期出演」と公表。〕。さらに、同番組への出演経験者(勝谷誠彦・有馬晴海など)も、パネラーとして登場するようになった。 *2009年4月4日には、番組16年目で初の生放送を実施。しかし、関西テレビのキー局・フジテレビが北朝鮮によるテポドン発射の誤報に関する『FNN報道特別番組』を急遽編成したことから、当番組は12時17分からエンディングの直前(12時59分)までおよそ40分にわたって中断した。ちなみにたかじんは、特別番組で中断する前のオープニングで「俺が何かを始める時は、何かが起こる」と予言。特別番組が終了した12時59分には、「40分間黙ったまま待機したのはテレビに出てから初めて」と語った〔たかじん激怒!初めてのナマなのに…誤報でイケなかった(芸能) — スポニチ Sponichi Annex ニュース (2009.4.5、ウェブアーカイブ)〕。なお、同年5月16日の収録放送分でも、新型インフルエンザによる『FNN報道特別番組』を編成した影響で中断している。 *遅れネット局では、関西テレビで4月11日に放送された回を、ほしののレギュラー登場初回として放送。ただし、同局で4月4日に放送した内容のダイジェスト版を特別に組み込んだ。ちなみに、ダイジェスト版では、報道特別番組へ切り替わったシーンをイラストで処理した。 *2010年1月9日放送分で、放送回数802回・放送17年目に突入。この回には、関西テレビ本社2階の喫茶スペース〔『ムハハnoたかじん』でも、初期の生放送で使用。〕で収録した内容を、「800回突破記念スペシャル」として放送した。 *2011年には、東日本大震災発生(3月11日・金曜日)の影響で、翌12日に予定していたレギュラー放送を全編にわたって休止した。 *1995年から2009年3月までのオープニング映像では、スタジオへ入るたかじんの姿を映した実写の映像に、番組ロゴのCGや提供クレジットの字幕を重ねていた。同年4月以降は、たかじんが指し棒を振りかざすと、大阪にまつわる建物がはじかれるCG映像が加えられた。しかし、東日本大震災の発生を機に、指し棒を振りかざしても建物がはじかれないように変更している。 *2011年4月9日放送分から、毎日放送アナウンサー時代にゲストで出演していた八木早希が、フリーアナウンサーとしてレギュラーに加入。当初は藤本と交互に隔週で、藤本が産前産後休暇に入った2013年11月以降はほぼ毎週、進行役を務めている。 *テレビ大阪では2011年4月9日から、『たかじんのそこまで言って委員会』の直後(毎週日曜日の15時台)に放送されていた『たかじんNOマネー』の放送枠を、当番組の直後(毎週土曜日の13時台)に移動。たかじんは編成上、2時間連続で在阪準キー局の番組に登場する格好になった。 *2011年9月24日には、関西テレビのチャンネルID番号(8)と通算放送回数(888回)にちなんで、「888回スペシャル」として5時間半もの生放送を実施した。 *2012年1月31日、たかじんが食道癌の治療で休養に入ることを、所属事務所のP.I.Sから発表。当番組も、2月11日・18日放送回では、たかじんの代役を立てずに八木と藤本の進行で放送した。同月25日以降の放送でも、番組タイトルにたかじんの名を残したまま、同様の構成を継続。テーマによっては、かねてから準レギュラー扱いで出演している増田英彦(ますだおかだ)などが、進行を担当した。ちなみに、たかじん休養発表前後の視聴率は、10 - 11%程度〔やしきたかじんさんの番組、視聴率変わらず - 産経新聞、2012年2月6日。〕、2012年9月22日放送分(関西テレビ)でも9.8%〔たかじん、紳助さん不在でも視聴率健闘 主役抜きでも番組続投のワケ - 産経新聞、2012年9月27日。〕であった。 *2013年4月13日放送分から同月27日放送分までは、ナレーターの畑中フーがインプラント矯正のために休養。休養期間中の同月13日・20日放送分では、岡安譲(関西テレビアナウンサー)が畑中の代役でナレーターを務めた。 *2014年1月3日、やしきたかじんが64歳で死去した。関西テレビでは当番組について、番組タイトルに「たかじん」の名を残したまま放送を続ける方針を打ち出すとともに、当番組の公式サイトに以下の追悼文を掲載した。 *当番組では、2014年1月8日にたかじんの訃報が伝えられたことを受けて、当番組およびたかじんに縁の深い芸能人によるたかじんへの追悼企画を同月9日に収録。大平サブローと八木の司会で、同月11日に『じんちゃん やっぱ好きやねんスペシャル!!』として放送した。この放送では、2013年12月に放送開始20周年・1000回記念番組でたかじんを再び登場させる計画があったことや、たかじんの意向で訃報の公表を同年の正月明けまで控えていたことなどを公表。たかじんの高校時代の同級生・堀内孝雄は、たかじんの再復帰に向けて番組側で用意していたギターを弾きながら、自作の追悼歌「時の流れに」を披露した。また、遺族の意向を受けて、エンディングではたかじん自身の携帯電話に残されていた歌声や生前最後の言葉を紹介している〔たかじんさん 真っ赤な勝負服で旅立つ 最期は「飲みに行って来るわ」 (『スポーツニッポン』2014年1月11日付記事)〕。 *この追悼番組は、2010年3月まで当番組を放送していたテレビ神奈川でも、単発番組として放送。関西地区での平均視聴率は15.4%で、前年の最終放送(2013年12月28日放送分)の8.1%から2倍近く上昇した〔たかじんさん追悼番組が約2倍の視聴率 (『日刊スポーツ』2014年1月14日付記事)〕。 *関西テレビでは、翌週(1月18日)のレギュラー放送でも、『じんちゃんやっぱ好きやねん ~蔵出しスペシャル~』を編成。追悼番組での未公開映像に、当番組のレギュラー放送におけるたかじんの名場面ダイジェストを交えながら放送した。同月以降も、『じんちゃん やっぱ好きやねんスペシャル!!』や、2月3日から、たかじんが生前に出演していたレギュラー放送分の一部を「たかじん胸いっぱい ベストセレクション」として平日午後の再放送枠(15:53 - 16:48)に編成。2月8日(土曜日)には、たかじんと生前親しかった宮根誠司の司会進行で、当番組の新旧レギュラー陣、たかじんと他局の番組で共演していた研ナオコ・中山秀征、たかじんと縁の深かった音楽関係者(天童よしみ、及川眠子、キダ・タロー、尾崎亜美)の出演で、3部構成による関西テレビとしての追悼特別番組『追悼!やしきたかじん 追悼ってなめとんか! やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ~スペシャル!!』を12:00 - 13:56に放送した。 *たかじんの没後も「たかじん」の冠を外さず番組を継続してきたが、2015年4月4日放送分から番組タイトル名を『昼間っから激論バラエティ 胸いっぱいサミット!』に改題することが同年3月9日に関西テレビから発表された。これまで番組内の企画コーナーのタイトルであった「胸いっぱいサミット」をそのまま番組のタイトルに昇格させる形となったが、番組タイトル改題後も「たかじんイズム」は継承していく方針。メインは八木早希、太平サブロー、北野誠、増田英彦、遙洋子、ハイヒールリンゴの6人。 == 出演者 == === アシスタント === * 藤本景子(関西テレビアナウンサー、2007年4月から) * 八木早希(元MBSアナウンサー、2011年4月から)〔MBSアナウンサー時代に一度ゲスト出演、『たかじんONE MAN』でアシスタント。〕 : 上記の二人が隔週交代(たかじんが休養していた間は2人揃って出演する事もあった)。 : 藤本アナが2013年10月から休養の為、山本悠美子アナが代演。アシスタントとパネラー(サブロー、北野、松尾が中心)で進行。産休に入った同年11月からは、八木が代演。 === ナレーター === * 畑中フー - 番組開始当初は、本名の「畑中啓司」名義で担当。近年では、エンディングのスタッフロールで、畑中の意向などから芸名とは別の名義(「海麺隊」など)を表示することがある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「たかじん胸いっぱい」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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