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脇坂安種[わきざか やすたね] 脇坂 安種(わきざか やすたね、正徳2年(1712年) - 寛延元年12月13日(1749年1月31日))は、江戸時代中期の旗本。脇坂安利の長男。兄弟に堀田正賓、木下利意室(後に小出秀充室)、奥山和佐室。養子に安親。通称は角次郎、図書、一角。 元文4年(1739年)3月6日に旗本領2,000石を継承、4月11日に8代将軍・徳川吉宗に拝謁。延享2年(1745年)閏12月16日に小姓組番士となったが、寛延元年(1748年)12月13日に死去。享年37。法名は英龍。遺領は近江宮川藩主・堀田正陳の四男安親が相続、安親は後に播磨龍野藩も継承した。 ==参考文献==
*林述斎原編;高柳光寿、岡山泰四、斎木一馬編集顧問『新訂寛政重修諸家譜:巻15』、続群書類従完成会、1965年
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「脇坂安種」の詳細全文を読む
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