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良弼 : ウィキペディア日本語版
良弼[りょうひつ]

良弼(りょうひつ、リャンビ、 転写:Liyang-bi、1877年1912年1月29日)は、清末の軍人・政治家。満州族アイシンギョロ氏ヌルハチの第14子ドルゴン(多爾袞)の養嗣子の後裔。両広巡撫イリブの孫。に属する。
== 事跡 ==
日本に留学し、1903年光緒29年)、陸軍士官学校第2期歩兵科を卒業する。帰国後は練兵処調処差委となった。翌年、練兵処軍学司監督となり、さらに新軍第6鎮第23標標統に転じた。1905年光緒31年)、練兵処軍学司副使に任ぜられ、あわせて軍事教育を司る各職を兼任する。
1907年光緒33年)、陸軍部軍学司司長に昇進した。翌年12月、禁衛軍第1協統領に任ぜられる。1910年宣統2年)、載濤に随従して欧米へ軍事視察に赴いた。辛亥革命勃発後の1911年宣統3年)12月、白旗漢軍副都統兼軍諮府軍諮使に異動した。
1912年民国元年)1月、愛新覚羅溥偉鉄良らと宗社党を結成し、清朝擁護の活動を図った。しかし同月26日、良弼は革命派の刺客が仕掛けた爆弾を受け重傷を負い、1月29日、回復せぬまま死亡した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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