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菅原 謙次(すがわら けんじ、1926年3月14日 - 1999年12月24日)は、東京都出身の俳優。旧芸名は菅原謙二。映画、テレビ、新派劇での活躍で知られた。本名は小松原重政。生前は日本俳優協会常任理事、アクターズハウス俳優養成所所長なども務めた。日本のフラメンコの第一人者として有名な小松原庸子は妹。 ==来歴・人物== 1943年(昭和18年)、日本映画学校 (戦前)入学。 1949年(昭和24年)、俳優座養成所に1期生として入所。 1951年(昭和26年)、大映より「絢爛たる殺人」で映画デビュー。現代劇を中心に二枚目スターとして多くの映画に主演。柔道3段の腕前が買われ、柔道家の役も多かった。若尾文子とのロマンスが話題となる。 1961年(昭和36年)、フリーとなり、TBSドラマ「七人の刑事」がヒット。東映の任侠映画にも出演するようになる。 1973年(昭和48年)、新派入りし「明治一代女」「滝の白糸」「日本橋」「婦系図」など名作に出演。水谷八重子亡き後、水谷良重(現・2代目水谷八重子)、波乃久里子、安井昌二と並ぶ「新派4本柱」となる。 1978年(昭和53年)、菊田一夫演劇賞受賞。 1980年代、焼酎さつま白波のCMが話題になる。 1986年(昭和61年)、心筋梗塞で倒れた。1日100本の煙草を吸うほどのヘビースモーカーであった。 1998年(平成10年)、勲四等瑞宝章受章。 1999年(平成11年)12月24日午前10時55分、急性肺炎のため死去。享年74(73歳没)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「菅原謙次」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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