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葛城烏那羅[かつらぎ]
葛城 烏那羅(かつらぎ/ かずらき の おなら、生没年不詳)は、飛鳥時代の豪族。名は烏奈良、小楢とも表記する。姓は臣。厩戸皇子(聖徳太子)の側近。 5世紀頃に勢力を有した葛城氏の末裔。系譜ははっきりしないが、葛城葦田宿禰の子である蟻(顕宗天皇の外祖父)の後裔とする系図がある〔中田憲信『皇胤志』(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年 による)〕。 蘇我馬子が物部守屋を討った際、泊瀬部皇子(後の崇峻天皇)・厩戸皇子らとともに参陣した。崇峻天皇4年(590年)11月新羅討伐大将軍の一人として諸氏の臣・連を率いて稗将部隊2万余を領し、筑紫に在陣した(ただし実際に渡海はしていない)。 厩戸皇子が伊予国の温泉(いよのゆ、現在の道後温泉か)に行啓した折には、同じく側近の僧・恵慈とともに同行した。 == 脚注 ==
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「葛城烏那羅」の詳細全文を読む
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