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蒲原鉄道EL形電気機関車 : ウィキペディア日本語版 | 蒲原鉄道EL形電気機関車[かんばらてつどう]
蒲原鉄道EL形電気機関車(かんばらてつどうイーエルがたでんききかんしゃ)は、かつて蒲原鉄道(蒲原鉄道線)に在籍した直流用電気機関車。一形式1両のみが在籍した、蒲原鉄道線における唯一の電気機関車であった〔「現有私鉄概説 蒲原鉄道」 (1998) p.166〕。 == 概要 == 1923年(大正12年)10月〔「現有私鉄概説 蒲原鉄道」 (1998) p.161〕の開業以来、蒲原鉄道線における貨物輸送は電車牽引による混合列車の形態で行われた〔『日本のローカル私鉄』 (1990) p.102〕。その後、1930年(昭和5年)10月〔の全線開通に際しては貨物輸送量の増加が見込まれたことから、貨物列車牽引専用の電気機関車を新製することとなり、本形式は同年5月に日本車輌製造名古屋本店において製造されたものである〔車両竣功図表 ED1〕。 凸形車体を有する25t機で〔、車体外観はウェスティングハウス・エレクトリック (WH) 社が設計・製造し、日本にも数多くが輸入された凸形電機各形式〔武蔵野鉄道(現・西武鉄道)デキカ10形電機・秩父鉄道デキ1形電機・愛知電気鉄道(現・名古屋鉄道)デキ370形電機など。〕に酷似しているが〔「私鉄車両めぐり第2分冊 蒲原鉄道」 (1962) p.35〕、本形式は前述のようにそれらを設計の基本として日本車輌製造においてデッドコピー製造した国内模倣品であり〔、電装品についても東洋電機製造製のものが搭載された純国産機である〔。 本形式は貨物輸送のほか、冬季はスノープロウを取り付け除雪用途にも供され、1952年(昭和27年)10月の形式称号改正に伴ってED1形1と改称された〔。貨物輸送廃止後は主に村松車庫内における構内入換機として運用され、1999年(平成11年)10月の蒲原鉄道線全線廃止まで在籍した〔「蒲原鉄道 有終のフィナーレ」 (1999) p.78〕。
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