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蕭鋭
蕭 鋭(蕭 銳、しょう えい、476年 - 494年)は、南朝斉の皇族。南平王。字は宣毅。高帝蕭道成の十五男。 == 経歴 == 蕭道成と李美人のあいだの子として生まれた。483年(永明元年)1月、南平王に封じられた。489年(永明7年)、散騎常侍となった。まもなく驍騎将軍を兼ねた。490年(永明8年)、左民尚書となった。謹直に勤めあげて、武帝の賞賛を受けた。492年(永明10年)、持節・都督湘州諸軍事・南中郎将・湘州刺史として出向した。493年(永明11年)、鬱林王蕭昭業が即位すると、蕭鋭は前将軍に進んだ。494年(延興元年)、宣城公蕭鸞が裴叔業を派遣して尋陽を平定し、湘州に進軍させようとした。蕭鋭の防閣の周伯玉は裴叔業の進軍をはばむよう蕭鋭に勧めたが、湘州の州府の力は弱かったため、蕭鋭は抵抗をあきらめて動かず、殺害された。享年は19。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「蕭鋭」の詳細全文を読む
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