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藤原仲文 : ウィキペディア日本語版
藤原仲文[ふじわら の なかふみ]

藤原 仲文(ふじわら の なかふみ、延長元年(923年) - 正暦3年(992年)2月)は、平安時代中期の歌人貴族藤原式家信濃守藤原公葛の三男〔『三十六人歌仙伝』〕。官位正五位下上野介三十六歌仙の一人。
== 経歴 ==
天暦年間に皇太子・憲平親王(のち冷泉天皇)の蔵人となり、康保4年(967年)憲平親王の践祚に伴って六位蔵人に任ぜられ、即位に際して従五位下加賀権守に叙任される。
その後、加賀守伊賀守上野介など、冷泉朝から円融朝にかけて地方官を歴任。この間、天禄4年(973年)従五位上、貞元2年(977年正五位下に叙せられた。冷泉天皇に側近として仕える一方、摂関家藤原頼忠兼家道兼にも出仕した〔『美術人名辞典』〕。
正暦3年(992年)2月卒去〔〔一説では貞元3年(978年)卒去。〕。享年70。最終官位散位正五位下〔。
歌人として清原元輔大中臣能宣らの交流があった。『拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に8首が入集し〔『勅撰作者部類』〕、家集に『藤原仲文集』『金玉集』『秋風集』がある〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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