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藤原 倫寧(ふじわら の ともやす、生年未詳 - 貞元2年(977年)) は、平安時代中期の廷臣・歌人。権中納言・藤原長良の孫にあたる左馬頭・藤原惟岳の子。官位は正四位下・伊勢守。 右兵衛佐・右馬助を務める一方、地方官として、丹波・常陸・陸奥・上総・河内・伊勢と、大国・上国の国司を歴任した。一条堀川に住んだという。歌人として『後拾遺和歌集』に和歌作品1首が採録されている〔『勅撰作者部類』〕。 == 系譜 == *父:藤原惟岳 *母:源経基の娘 *妻:藤原春道の娘 *男子:藤原理能(?-995) *妻:源認の娘 *男子:藤原長能(949-1009?) *生母不明: *女子:藤原道綱母(936?-995) - 藤原兼家室、『蜻蛉日記』の作者 *女子:藤原為雅室 *女子:菅原孝標室〔菅原孝標女の生年等から推測すると、藤原倫寧の晩年の子であり、藤原道綱母とは相当年齢が離れていると思われる。〕 - 菅原孝標女(『更級日記』作者)の母 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原倫寧」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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