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藤原公時 : ウィキペディア日本語版
滋野井公時[しげのい きんとき]

滋野井 公時(しげのい きんとき)は平安時代後期から鎌倉時代前期の公卿権大納言滋野井実国の次男。滋野井家2代当主。
== 経歴 ==
保元3年12月(1159年1月)僅か2歳にして従五位下叙爵仁安3年(1168年)従五位上に陞叙され、嘉応2年(1170年侍従となる。
承安3年(1173年正五位下に叙され、備中権介右近衛少将、備中介を歴任し、安元3年(1177年従四位下治承5年(1181年)従四位上・備中権介に叙任。寿永2年(1183年)には正四位下に昇り、左近衛中将に任ぜられる。元暦2年(1185年伊予守文治4年(1188年蔵人頭となる。文治5年(1189年従三位参議に叙任され公卿に列し、文治6年(1190年備前権守建久4年(1193年正三位、建久6年(1195年近江権守となるが同年4月に参議と中将を辞任。
建久9年(1198年従二位となる。近江権守の任期が果てた後は散位となり、承元3年(1209年)に出家し、承久2年(1220年)4月23日に64歳で薨去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「滋野井公時」の詳細全文を読む



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