翻訳と辞書
Words near each other
・ 藤原勝臣
・ 藤原北家
・ 藤原千乗
・ 藤原千古
・ 藤原千尋
・ 藤原千常
・ 藤原千方の四鬼
・ 藤原千春
・ 藤原千晴
・ 藤原南家
藤原博定
・ 藤原原子
・ 藤原厳子
・ 藤原友人
・ 藤原叙用
・ 藤原古木古曾
・ 藤原史利
・ 藤原史歩
・ 藤原吉子
・ 藤原吉政


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

藤原博定 : ウィキペディア日本語版
藤原博定

藤原 博定(ふじわら の ひろさだ)は平安時代後期の貴族雅楽家。八幡寺の寺主である行実の子で、藤原北家良門流、兵庫頭藤原知定の養子となる。官位従五位下散位〔『尊卑分脈』。〕。
== 経歴 ==
民部丞在任中の寛治元年(1087年)に従五位下叙爵〔『本朝世紀寛治元年11月18日条。〕。民部省(民部大輔を務めたとも)に出仕していたことから、民部大夫と称された。管絃の道に長じて応徳4年(1087年)の石清水臨時祭などでは陪従の役を務め〔『石清水文書』。〕、楽所預に任命された。琵琶藤原孝博に伝えたのをはじめ、他に篳篥横笛および和歌を伝えて藤原宗忠はその日記で「''一道の長者''」と評している〔『中右記康和5年12月21日条。〕。康和5年12月8日(1104年1月7日)に備中国卒去した。年は40余りであったとされる〔。『古今著聞集』には太鼓の演奏を巡る大神基政との逸話がある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「藤原博定」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.