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藤原 定季(ふじわら の さだすえ)は、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての人物。公卿。藤原定能の次男。 == 経歴 == 安元3年(1177年)従五位下に叙爵。文治2年12月(1187年1月)従五位上に進み、文治3年(1187年)右衛門権佐に任ぜられる。 文治5年(1189年)正五位下、建久3年(1192年)従四位下に叙せられる。建久5年12月(1195年2月)、名を資能から定季に改める。建久7年(1196年)従四位上、建仁2年(1202年)正四位下に昇叙し、承元元年(1207年)従三位に叙せられて公卿に列した。承元元年12月(1220年1月)正三位に進むが、天福2年(1234年)10月16日、散位のまま薨去。享年62。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原定季」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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