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藤原実国 : ウィキペディア日本語版
滋野井実国[しげのい さねくに]

滋野井 実国(しげのい さねくに、實國)は平安時代末期の公卿歌人滋野井家の祖。三条大納言と号す。藤原実国とも。
== 経歴 ==
久安3年(1147年従五位下叙爵仁平2年(1152年)従五位上・左兵衛佐に叙任。同年中に正五位下に陞叙。
久寿2年(1155年右近衛少将に任ぜられ、保元年間に従四位下から正四位下まで進む。右近衛中将、蔵人頭を歴任し、永暦元年(1160年但馬権守を経て参議に任ぜられ公卿に列す。播磨権守を経て、応保2年(1162年従三位長寛3年(1165年権中納言に任ぜられる。左兵衛督、左衛門督などを歴任し、正二位權大納言に至る。
寿永元年(1182年)末の母の死を追うように寿永2年(1183年)正月2日に薨去した。享年44。笛、神楽に秀で高倉天皇の笛の師でもある。また歌人として永万2年(1166年)中宮亮重家朝臣家歌合、嘉応2年(1170年)の建春門院北面歌合、治承2年(1178年)別雷社歌合などに出詠。嘉応2年(1170年)自邸で歌合を行った。家集に『実国集』がある。また、『千載和歌集』に入首している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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