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藤原良近[ふじわら の よしちか] 藤原 良近(ふじわら の よしちか/ まさちか、弘仁14年(823年) - 貞観17年9月9日(875年10月11日))は、平安時代前期の貴族。藤原式家、中納言・藤原吉野の四男。官位は従四位下・神祇伯。 == 経歴 == 天安2年(858年)刑部大丞のち式部少丞・六位蔵人を経て、貞観2年11月(861年1月)従五位下に叙爵される。翌貞観3年(861年)伊勢権守に任ぜられ任地に赴任しようとしていたところを、急遽詔により召し返され右少弁に任ぜられる。翌貞観4年(862年)母の死去により官職を辞するが、服喪期間が終了しないうちに本官に復される。その後は貞観5年(863年)左少弁、貞観12年(870年)右中弁、貞観16年(874年)左中弁と、貞観10年(868年)に数ヶ月ほど越前権守を務めた期間を除いて、一貫して清和天皇の側近として弁官を歴任した。弁官を務める傍ら、土佐権守・美濃権守も兼任している。またこの間、貞観8年(866年)従五位上、貞観13年(871年)正五位下と昇進した。 貞観17年(875年)従四位下・神祇伯に叙任されるが、同年9月9日死去。享年53。最終官位は神祗伯従四位下兼行美濃権守。
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