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藤原貞正[ふじわら の さだまさ] 藤原 貞正(ふじわら の さだまさ、生没年不詳)は、平安時代中期の武士。藤原北家利仁流。豊後守藤原重光の子。兄弟に忠正、重吉らがあり、子に正重、親孝らがある。 寛和元年(985年)、時の蔵人頭藤原実資の推挙により滝口武者となる(『小右記』)。永祚元年(989年)には、京都粟田口において従兄弟藤原為延と共謀し対立していた越前国の豪族三国行正(雅憲とも)を射殺する事件を起こす。これを受けた朝廷は検非違使および武勇人を貞正らの逮捕に向かわせたが失敗したとある(『小右記』『日本紀略』)。『今昔物語』には子親孝は源頼信の乳母子とあり、天延元年(973年)以前に越前守を務めている源満仲と主従関係にあった可能性も指摘される。 後代、一子正重の子孫が加藤氏を称し河内源氏の郎党となっている。 == 参考文献 ==
*高橋昌明 「北国武士団の形成と領主制」『福井県史』通史編1(福井県)
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原貞正」の詳細全文を読む
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