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藤原 長道(ふじわら の ながみち、8世紀 - 没年不詳)は奈良時代の貴族。藤原南家、右大臣・藤原豊成の孫で、丹後守・藤原良因の子。官位は従五位上・右衛門権佐〔『尊卑分脈』藤原南家〕。 == 経歴 == 天平神護3年(767年)正六位上から従五位下に叙爵し、翌神護景雲2年(768年)左衛士佐に任ぜられる。 大判事を経たのち、光仁天皇即位後間もない宝亀元年12月(771年1月)に讃岐員外介を兼任、翌宝亀2年(770年)には美濃員外介に転ずるなど、光仁朝初頭は地方官を歴任した。宝亀5年(774年)主税頭に任ぜられ京官に復する。のち、従五位上・右衛門権佐に至る。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原長道」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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