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藪家
藪家(やぶけ)または、高倉家(たかくらけ)は、藤原南家武智麻呂流(高倉流、のちに藤原北家閑院流四辻支流)の公家である。藤原南家の祖、藤原武智麻呂の子孫である範季を祖とする。範季は、後白河院の近臣で、女・範子が順徳天皇の生母となり、贈左大臣。高倉を号した。戦国時代に参議範久の時に中絶する。一時権大納言柳原淳光の男・範国が入るが、またも中絶。その後、権大納言四辻公遠・三男(八男とも)嗣良が再興、家名を高倉から藪に改称した。家格は羽林家。家業は神楽、筝。江戸時代の石高は初め180石。後に150石〔公卿類別譜(公家の歴史)藪 〕。明治維新後は篤麿が子爵に叙せられ、侍従、貴族院議員を務めた。篤麿は1936年(昭和11年)家名を元の高倉に改名している〔〕。戦後は、伊勢神宮大宮司を務めた〔高倉篤麿/藪篤麿 〕。公朋は、河鰭実英の三男。医師、医学博士、専門は脳神経外科学。東京大学名誉教授、東京女子医科大学名誉教授、同学学長などを務めた〔公朋:東京脳神経センター 〕。
==系図==
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藪家」の詳細全文を読む
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