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豊山 鬼吉(ゆたかやま おにきち、本名:矢野 忠治(やの ちゅうじ)、1925年9月29日 - 2011年3月8日)は、日本の元大相撲力士、政治家。元釧路市議会議長。秋田県雄勝郡出身。大相撲時代は錦島部屋を経て伊勢ノ海部屋所属。身長177cm、体重98kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は西前頭17枚目(1953年3月場所)。 == 来歴・人物 == 樺太の高等小学校を卒業後仙台航空機乗員養成所を経て飛行機の操縦士となったが徴兵されて沖縄に特攻隊員として配属されたものの出撃前に終戦を迎えた。終戦後帰郷したが働き口がなかったため同郷の大蛇山を頼って角界入りした。初土俵は1946年11月場所。 力士時代は寄りを中心とした正攻法の取り口で活躍し、1953年3月場所には入幕も果たしたが軽量であることが災いし幕内経験はこの一場所で終わってしまった。 1954年9月場所を最後に廃業した後は札幌の建設会社を経て後援者の世話で本州製紙(現・王子ホールディングス)の釧路工場総務課に勤務したが、人柄の良さを買われて1969年に釧路市議会議員選挙に立候補して当選、1977年から4年間は議長を務め、1985年に議員を引退した。 2010年7月5日に大相撲野球賭博問題を受けてNHK総合テレビで放映された特別番組「NHKスペシャル 大相撲は変われるのか」のインタビューに出演、自らの経験を基に大相撲の地方巡業と暴力団の関係について証言した。 2011年3月8日、急性心筋梗塞のため北海道釧路市内の病院で死去。85歳没〔元幕内・豊山の矢野忠治氏死去が死去 スポーツ報知 2011年3月11日閲覧〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「豊山鬼吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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