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象の檻(ぞうのおり)(Elephant Cage)とは、巨大な円形ケージ型アンテナを形容している語。正式にはWullenweberアンテナと呼ばれている。AN/FRD-10、GTE/シルバシア製AN/FLR-9として米軍に制式採用したものの通称であるが、同様の形状をした自衛隊などのアンテナにも使用される言葉である。そのサイズや全方向受信のための、円形形状がゾウを入れる檻のように見えることから付けられた。世界中に存在した。通信傍受衛星のない時代に鉄のカーテンや竹のカーテン内部の生の情報を得ることのできるきわめて重要な手段であった。 == 概要 == 第2次大戦中にドイツによって開発されたHF/DF(ハフダッフ、高周波方向探知)のためのアンテナである。戦争後開発者が米国に行き開発を継続した。 正式にはWullenweberアンテナ(WW)と呼ばれ、CDAA(Circularly Disposed Antenna Array)またはCDDA(Circularly Disposed Dipole Array)と呼ばれるアンテナの一種である。 全方向からの受信を精度良くかつ機械的機構なしに電子的に高速走査できるフェーズドアレーアンテナ〔現在アメリカ軍のレーダーの多くは回転しない。〕の一種である。また、多量の受信機を同時に運用できる。 日本においては、アメリカ軍の電波傍受施設の幾つかにそのような形容がなされ、通称・代名詞的に使われる場合がある。例えば、沖縄県楚辺通信所(2007年撤去)や青森県姉沼通信所(三沢飛行場)などである。 また、鳥取県境港市(美保通信所)〔【核の脅威】第1部 20XX年北朝鮮が…(1)ノドン搭載弾頭を開発 〕や鹿児島県喜界島(喜界島通信所)〔喜界島「象のオリ」運用へ 防衛庁の通信傍受施設 〕〔実際には喜界島通信所は象の檻とは違う新型エレクトロニクスシステムで運用されているが、形状が似ている。(よく見ればアンテナ形状が異なる)〕、北海道千歳市(東千歳駐屯地東千歳通信所)では、自衛隊の施設でもそのような形容がされることがある。 大韓航空機撃墜事件では、撃墜の様子が稚内の自衛隊基地にいたNSA分遣隊と三沢基地の象の檻で記録され、傍受記録を米国が発表した〔詳しい事情は複雑である。例えばNSA分遣隊も自衛隊基地に常駐していたわけではなかった。〕〔『目標は撃墜された』セイモア・ハーシュ、篠田豊訳、文藝春秋1986年、ISBN 4-16-341150-X〕。 冷戦時代トルコ中部黒海沿岸のシノップにあった大規模基地の監督官が詳細を暴露し〔Ramparts Magazine (1972 interview with Perry Fellwock):U.S. Electronic Espionage: A Memoir〕、内部の働きがわかるようになった。 またNSA本部の専門家2人がソ連に亡命し〔バーノン、ミッチェル事件。〕、さらに詳細が知られている。 現在では、ネット上に象の檻のマニュアルが公開されている。 主に短波帯(SW、3-30MHz)を受信する〔潜水艦通信は超長波で行われる(アメリカは西部、旧ソ連はトゥーラ)が、象の檻で受信できる。〕。受信員は特定の周波数、方向、目標を割り当てられている。アンテナは鋭い指向性(=高感度)と広い受信帯域を持つ。そのため電波の到来方向を詳しく調べることができ、2つ以上の受信所が連携することにより発信地を特定できる。一度特定された後はTEXTAというNSA極秘文書〔ラジオライフの「周波数帳」の詳しいもの。周波数、電波形式、暗号化方法、発信者、発信地、ビーム方向などを掲載する。〕に掲載され、詳しい情報がわかり、仕事が割り振られる。 ある時期にはSP-600型受信機〔ハマーランド社(1973年休業)製、日本では「スーパープロ」として著名。第1局発可変型アナログ型全波受信機の超高級機。1951-72年まで製造。6BAND/0.54-54Mhz。昭和30年頃中古が30万円で売られた。〕が使われていた。受信機にスキャン、メモリー、スペクトル表示機能がない時代が長く、多数の傍受員(兵士)が24時間態勢で人海戦術で働いていた〔その後、PLL受信機、スペクトル表示器、数MHz幅で同時に記録できる磁気テープなどが開発され、極秘に使用されていた。暗号解読についてはベトナム戦争時に初期のマイコン(Intel4004チップなど)が使用されている。〕〔小規模な受信所をのぞき、1カ所1,000人以上。〕。その上に監督官〔高校卒だが超エリートで最高度の機密取扱資格(DINAR,COMINT,UMBRAなど。この名称も極秘であった。将軍でも資格を持たない人の方が多い。)を持つ。〕が数人おり、評価と整理をする。監督官はホワイトハウスに直結する最優先CRITIC通信の発信権を持ち、重要な通信を傍受した場合に政府全体に即座に通報する〔ある場合においては事件発生後15分以内。もっと緊急な核ミサイル発射の通報は赤外線探知衛星ベラが主に担当した。〕責任を負っていた。 その後冷戦終了とともに役割は低下する。重要な通信は短波帯では行われなくなった〔設備が大きく、確実性に乏しく、自動化が難しく、通信速度が遅い。ただし現在でも非常用に短波通信設備を持つ大使館、軍司令部、NSA基地などがある。〕。通信傍受方法は専用船〔リバティ船・プエブロ号・マヤゲス号、旧ソ連のトロール漁船など。マヤゲス号事件で機密事項が大量に漏れたことなどもあり、米軍はこの作戦をほぼ終了。〕、通信傍受衛星〔キーホール(KH)衛星など。衛星間通信の傍受もするし、指向性が高いマイクロ波の受信方向の先に衛星をおいてセキュリティの弱い国内通信を傍受する。〕、海底ケーブルなどのケーブル類や中継器への傍受装置装着〔ベルリンのゴールド作戦(CIAのハーベイなどが西ベルリンからトンネルを掘り、東ベルリンに侵入し、軍用ケーブルを盗聴した。東ドイツ国内の地上回線なので暗号化されていない場合が多かった。英国SIS内部のソ連スパイのキム・フィルビーが通報した。暗号化前の平文も傍受できた。=現在ではよく知られている広く使われた簡単な(高くても数百円程度)民間技術であるが、トンネル発覚後数十年間ずっと最高機密であった。ソ連も公表しなかった。)、ウラジオストックのアイビーベルズ作戦(潜水艦が領海進入し、海底ケーブルに傍受記録装置をつけ、定期的に回収した。)〕、大使館内のアンテナと傍受装置〔数カ国の英大使館内に傍受班があった。英国のモスクワ大使館で火事を理由に侵入されて、傍受方向がアンテナ制御装置に残っていたため、ターゲットが暴露されたことがあった。ソ連の最高首脳部の自動車電話をモスクワの米大使館で盗聴していた。ワシントンのソ連大使館はマイクロ波傍受に最適な位置にあるため、関係機関が移転を主張した。〕、テンペスト(TEMPEST)技術〔コンピュータ、ディスプレイ、通信機、モデムなどの漏れ電波を地下トンネルからセンサーを室内に延ばしたり、近くの道路の車内や室内で傍受する。暗号化前の情報が直接入手できたりする。受信機の中間周波(IF)発信器の発信の有無からだけで重要な情報が得られたことがある(ロンドンのソ連大使館が標的)。麻生幾の小説「ゼロ」に詳しい。〕、月面反射による傍受、潜水艦のマストにつけたアンテナ〔専用艦を用いるが、通常艦のESM設備(主に潜水艦が浮上するときに対戦哨戒機などがいないか確認するときに用いる受信機)を利用することもある。〕、インターネット・国際・国内通信回線そのものの直接傍受、ハッキング、ウイルス、バックドア〔2012年現在中国ファーウェイ製の機器のバックドアをアメリカが疑っている。〕、ルートキット、なりすまし、通信傍受用の偵察機〔U-2(写真偵察が主)やRC-135(B-707の軍用偵察機型。)が有名。〕、通信衛星からの電波を傍受するパラボラアンテナ〔2000年代の主流。商業用衛星受信局のそばに置き一般の通信を傍受する。〕、民間機に積み込まれた傍受装置〔大韓航空機撃墜事件の遠因とされる。民間機に空気吸収装置、アンテナと受信機、カメラを積み込むことが行われていた。大韓航空機は搭載していなかったとされる。〕などを用いるようになってきた。 もっとも、現在でもリビア(カダフィ体制時代)や北朝鮮の動向を探る重要な手段である。またイラクのクウェート侵攻では主にサウジアラビアなどにある施設が傍受し位置を特定したイラク軍の侵攻の動きが米政府に通報され、クウェート王室が脱出できたと言われる。パラボラアンテナを用いるが、対流圏散乱などを利用して長距離のマイクロ波通信を傍受することもある〔クレタ沖にいる米傍受船から500km離れたカイロのテレビを見ることができた。〕。シリア内戦ではキプロス(英GCHQ、2か所)、トルコ(NATO、組織名不明)、シリア沖(独BNDまたはCGG)にある西欧各国の傍受基地がシリア軍の通信を傍受し、反政府軍に提供しているという報道があった〔Syria rebels aided by UK intelligence The Sunday Times 19 August 2012〕〔英独の情報機関がシリア反体制派を支援、英独紙が報じる AFPBBNews2012年08月23日 11:55〕〔キプロス政治概況 2. シリア情勢関連 在キプロス日本大使館2012年8月〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「象の檻」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 AN/FLR-9 」があります。 スポンサード リンク
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