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赤壁の戦い(せきへきのたたかい、中国語:赤壁之戰)は、中国後漢末期の208年、長江の赤壁〔現在の湖北省〕において起こった曹操軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いである。 == 事前の経緯 == 河北を平定した曹操は、208年7月、荊州の牧であった劉表を攻めるため兵を率いて荊州へ南下したが8月にその劉表が死に、劉琮が9月に曹操に降伏した。 孤立した劉備は長江づたいに南下し、長坂の戦いで生き延び、劉表の弔問を建前に荊州の動向を探りに来ていた魯粛と面会。1万人余りの軍勢を率いる劉琦と合流しつつ夏口へ到達した。曹操は劉表が創設した荊州水軍を手に入れ、南下して兵を長江沿いに布陣させた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「赤壁の戦い」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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