|
赤田 勲(あかだ いさお、1962年 - )は、兵庫県西宮市生まれのゲームクリエイター。現在コナミデジタルエンタテインメント(KDEJ)から発売中の野球ゲームソフト『実況パワフルプロ野球』シリーズの開発者として知られる。 == 来歴・人物 == 1985年、大阪電気通信大学電子工学科を卒業。卒業後、当時のコナミ工業(現:コナミ〔当時はコンピュータゲームメーカーの一つであったが、1995年以降の開発部署子会社化などを経て、2006年3月31日より持株会社化に伴い、ゲーム事業などはKDEJへ移行した。〕)に入社。悪魔城ドラキュラなどMSX用ゲームソフトのプログラマーを務める。 1991年、豊原浩司らとともにX68000用ゲームソフト『生中継68』を開発・発表。3年後の1994年に生中継68を元に新たに開発されたスーパーファミコン用ソフト『実況パワフルプロ野球'94』を発表。以降、同作品を中心とするパワプロシリーズでチーフディレクター、プロデューサーとして活躍。その間、コナミ神戸開発部→コナミコンピュータエンタテインメント大阪(KCEO)〔1995年に設立した、コナミのゲームソフト開発子会社。〕へ異動。 2001年には同作品のエッセンスを引き継いだ『プロ野球JAPAN2001』をプロデュース。以降同作品の流れは、現在の『プロ野球スピリッツシリーズ』へと繋がっている。 『パワプロ』シリーズから離れた後は、ゴルフゲーム『カットビ!!ゴルフ』のプロデューサーを務め、KCEO〔後に東京に本社を置くコナミコンピュータエンタテインメントスタジオを合併し、同社名に変更。〕コンシューマーソフトウェア事業部プロデューサー兼制作推進室マネージャーとなり、日本野球機構など外部との交渉役などを務める。 阪神甲子園球場の近くで生まれ育ったこともあって、熱烈な阪神ファン。応援団に入っていたこともある〔「実況パワフルプロ野球'94公式ガイドブック」(1994年、小学館発行。書籍コード:ISBN 4091024726)掲載のインタビューより。〕。 最初に『パワプロ』の企画書を提出する際、二頭身キャラクターの走る様から「てけてけプロ野球」のタイトルにしたため、上司に30分の説教を受けたことがある〔「実況パワフルプロ野球 パワプロ大全」(1998年、コナミ発行・新紀元社発売。書籍コード:ISBN 4883177181)掲載のインタビューより。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「赤田勲」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|