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足助城 : ウィキペディア日本語版
真弓山城[まゆみやまじょう]

真弓山城(まゆみやまじょう)は三河国加茂郡足助庄(現・愛知県豊田市足助町)の真弓山(標高301m)にあった日本の城。現在では「城跡公園足助城」として整備・公開されている。
== 概要 ==
「足助城」「松山城」「足助松山の城」などと呼ばれ、かつては足助氏の築いた足助七屋敷の1つと推測されていたが、後述の発掘調査で足助氏の時代の遺構が検出されなかったことなどから、現在では戦国時代にこの地を治めた足助鈴木家の本城であったと考えられている。築城時期は不明。
大永5年(1525年)に松平清康がこの城を攻めた記録が残り、この際に清康の妹・久〔姉という説もある。〕を2代鈴木重政の嫡子・重直に嫁すことで一旦は松平氏に下っている。その後は離反帰服を経て、永禄7年(1564年)に松平家康に攻められたのちは完全に服属し、以降は松平氏の家臣団として戦った。
天正18年(1590年)、家康の関東入国に従って鈴木氏も足助を離れ、真弓山城は廃城となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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