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農業の歴史(のうぎょうのれきし )では農業の歴史について記述する。 人類はもともとはもっぱら狩猟採集を行って生きていたと考えられており(狩猟採集社会)、どこかの段階で農業を"始めた"と考えられている。 == 古代 == 現段階で見つかっている最古の農業の痕跡は2万3000年ほど前のものである。ハーバード大学、テルアビブ大学とハイファ大学の共同チームは、イスラエルのガリラヤ湖岸で、23,000年前の農耕の痕跡(オオムギ、ライムギ、エンバク、エンメル麦)を発見したと、ニューヨークタイムズなどで報道されている。 レバント(歴史的シリア周辺、肥沃な三日月地帯の西半分)で1万年ほど前の農業の痕跡が見つかっている。シリアのテル・アブ・フレイラ遺跡(BP 11050、紀元前9050年頃)でも農耕の跡(ライムギ)が発見されている。 他にもエジプトやインドで、それまで野生に生えていた植物の種を植えて収穫したことを示す遺跡が見つかっている。また、中国(黄河流域、長江流域)、アフリカのサヘル、ニューギニア島、南北アメリカの各所でそれぞれ独自に農業が始まった〔In particular, the history of maize cultivation in southern Mexico dates back 9000 years. ''New York Times'', accessdate=2010-5-4〕。最初期の農業ではまずエンマーコムギとヒトツブコムギが作物として栽培され、続いてオオムギ、エンドウ、レンズマメ、bitter vetch、ヒヨコマメ、アマが栽培された。 エジプトで小規模な農耕が始まったのは紀元前7000年ごろである。 File:Painting from tomb of Puyemre, Thebes, Egypt. 15th century BC.jpg|古代エジプト、紀元前15世紀 File:Egyptian harvest.jpg|古代エジプト、紀元前13〜11世紀。 ;アジア インド亜大陸でも紀元前7000年ごろにコムギやオオムギを栽培していたことが、バルチスタン地方(現在のパキスタン)のメヘルガルの考古発掘で明らかになっている。紀元前6000年ごろまでに、ナイル川河岸で中規模農業が確立。この段階では灌漑技術は十分確立したとは言えない。同じころ、東アジアで米の栽培が始まっている。中国やインドネシアの農民はさらに、サトイモ、リョクトウやダイズやアズキといった豆類を栽培するようになる。これらは基本的に炭水化物源であり、それを補うタンパク源として魚を大量に確保すべく漁網が発達することになった。こういった農業と漁業の進歩により、それまでとは比べものにならない速度で人口が増加し始めた(今もそれが続いている)。 紀元前5000年ごろまでに、シュメール特にペルシア湾のデルタ地帯からチグリス川とユーフラテス川の合流点を結ぶシャットゥルアラブ川沿いで大規模な耕作、単一種の栽培、計画的灌漑、農業専門の労働力といった農耕技法が生まれた。野生のオーロックスを家畜化してウシとし、同じくムフロンを家畜化してヒツジとした。それによって食肉や羊毛を大規模に確保するとともに、荷車を牽かせて使役した。また、羊飼いが定住牧畜民または遊牧民として農民の仲間入りをするようになった。 ;メソアメリカ、南アメリカ アメリカ大陸では紀元前5200年ごろ、トウモロコシ、キャッサバ、クズウコンが農作物として栽培されるようになった〔"Farming older than thought" , University of Calgary, February 19, 2007.〕。アメリカ大陸発祥の農作物としては他にジャガイモ、トマト、トウガラシ属、いくつかの豆類、タバコなどがある。南アメリカではアンデス山脈沿いの険しい斜面に段々畑が発達した。メソアメリカでは6000年以上前に野生のテオシントに人間が手を加えて現代のトウモロコシの原種を作った。それが徐々に北アメリカに広まっていき、ヨーロッパの人々が新大陸に到達したころにはアメリカ先住民の主食になっていた〔S. Johannessen and C. A. Hastorf (eds.) ''Corn and Culture in the Prehistoric New World'', Westview Press, Boulder, Colorado.〕。メソアメリカ原産の作物としては他に数百種類のカボチャ類や豆類がある。カカオを作物としたのもメソアメリカである。食用に供される鳥であるシチメンチョウ属もメキシコからアメリカ南西部で家畜化された。南アメリカのアンデス山脈地域が発祥の重要な作物としてジャガイモがあり、5000年前ごろのこととされている。南アメリカでは様々な豆類も作物とされたが、リャマ、アルパカ、モルモットといった動物も家畜化された。アンデス地域発祥の作物としてはコカもあり、今も主要作物として栽培されている。 ;北米 北米大陸の先住民(現在で言えばアメリカ合衆国東部にあたる場所にいた人々)も様々な植物を作物化した。ヒマワリ、タバコ〔Heiser, Carl B., Jr. (1992) On Possible Sources of the Tobacco of Prehistoric Eastern North America. ''Current Anthropology'' 33:54-56.〕、カボチャ類、ケノポジ類などがあり、既に栽培されていない作物としてmarshelderやミナトムギクサもあった〔''Prehistoric Food Production in North America'', edited by Richard I. Ford. Museum of Anthropology, University of Michigan, Anthropological Papers 75.〕〔Adair, Mary J. (1988) ''Prehistoric Agriculture in the Central Plains.'' Publications in Anthropology 16. University of Kansas, Lawrence.〕。他にもマコモ(ワイルドライス)やサトウカエデなどは作物化には至らなかったが、採種栽培されたと見られている。イチゴの最も一般的な種であるオランダイチゴの元となった種はアメリカ北東部で作物化されたものである〔Paul E. Minnis (editor) (2003) ''People and Plants in Ancient Eastern North America.'' Smithsonian Institution Press, Washington, D.C.〕。 ;プラウの使用開始 紀元前3500年ごろ、"ard" と呼ばれる原始的なプラウが開発された。プラウが生まれる前は、単純な棒や鍬で土地を耕していた。これらの農器具は耕地の養分が枯渇するほど継続的に同じ土地で農耕を行うとき、土を掘り返して養分を含む深い部分の土を表面に出すのに必要だった。メキシコでの発掘で、小さい農地で継続的に農耕を行い、生活していたことがわかっている。中欧ヨーロッパでも同様の農法が行われていた。その場合、プラウは棒よりもより効率的だった〔The seventy great inventions of the ancient world by Brian M.Fagan〕。 古代ギリシアや古代ローマの農業はシュメールの農耕技法を元にしたものだが、いくつか根本的な改良も施した。ギリシャ南部は土地がやせていて、文明を開花させるのに苦労した。ローマ人は農作物を交易用に栽培したという点が特筆される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「農業の歴史」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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