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郭子儀[かく しぎ]
郭子儀(かく しぎ、697年 - 781年)は、中国、唐朝に仕えた軍人・政治家。玄宗、粛宗、代宗、徳宗の4代に仕えた。客家人。安史の乱で大功を立て、以後よく異民族の侵入を防いだ。盛唐〜中唐期を代表する名将。憲宗(在位805年 - 820年)の皇后郭氏は子儀の孫である。 ==出自== 華州鄭県(現在の陝西省華県)の人。字は諱に同じ。諡号は忠武。後晋・劉昫の撰した『旧唐書』(以下「旧書」という)に「子儀 長六尺餘」とあり、北宋・欧陽脩の撰した 『新唐書』(以下「新書」という)には「長七尺二寸」と見える。唐尺は約31.1cm、宋尺は約30.72cmであるから、旧書の「六尺餘」を唐尺で計算しても、身長190cmほどの偉丈夫であった。旧書によると、父郭敬之は綏州・渭州・桂州・壽州(寿州)・泗州の刺史(地方長官)を歴任したと言う。これは必ずしも低い身分ではなく、新書・百官志四下によると、「上州」刺史は「従三品」に当たり、また渭州・壽州などには中都督府が置かれ、中都督は「正三品」であった。府兵制が崩れる以前においては、都督・刺史の官は地方職(外官)としては高官であったと言える。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「郭子儀」の詳細全文を読む
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