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金 日成(キム・イルソン、、1912年4月15日 - 1994年7月8日)は、朝鮮の革命家・独立運動家で、北朝鮮の政治家、軍人。満州において抗日パルチザン活動に部隊指揮官として参加し、第二次世界大戦後はソビエト連邦の支持の下、北朝鮮に朝鮮民主主義人民共和国を建国した。以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあり、1948年から1972年までは首相を、1972年から死去するまで国家主席を務めた。また、同国の支配政党である朝鮮労働党の党首(1949年から1966年までは中央委員会委員長、1966年以降は中央委員会総書記)の地位に、結党以来一貫して就いていた。 称号は朝鮮民主主義人民共和国大元帥・朝鮮民主主義人民共和国共和国英雄(三回受章しており「三重英雄」と称される)。 北朝鮮においては「偉大なる首領様」などの尊称の下に神格化され、崇拝されている。彼の死後1998年に改定された朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法では「永遠の主席」とされ、主席制度は事実上廃止された。現在、遺体は平壌近郊の錦繍山太陽宮殿に安置・保存されている。 == 姓名と呼称 == 出生名は金成柱(キム・ソンジュ)。「ソンジュ」という音に従って「聖柱」または「誠柱」と表記した資料もある。活動家となって以後は「金一星」(キム・イルソン、)と名乗り、さらに「金日成」(発音は「金一星」と同じ)と改名した。「日成」は、本格的に抗日パルチザン活動に参加した1932年ころから使い始めた号である〔許東粲 『金日成評伝 新装版―虚構と実像』亜紀書房、1992年、7-19頁。335-342頁には、朝鮮占領ソ連軍所属の高麗人・鄭律の証言が載っているが、それによれば、解放後の北朝鮮に帰国当初には、金日成は金成柱と名乗っていたという。〕。 同国の公式伝記では、当初同志たちが彼に期待を込めて「一星」の名で呼んでいたが「星では足りない、太陽とならなければならない」ということで「日成」と呼ぶようになったという。 日本では「きんにっせい」と呼んでいたが、1980年代以降、漢字表記のまま「キム・イルソン」と朝鮮語読みされるようになり、2014年現在では「キム・イルソン」と片仮名表記することも多くなっている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「金日成」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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