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金森重義 : ウィキペディア日本語版
金森重義[かなもり しげよし]

金森 重義(かなもり しげよし、慶長8年(1603年) - 寛文12年11月22日1672年12月30日))は、江戸時代前期の旗本飛騨高山藩第2代藩主・金森可重の六男。通称、権大夫、左兵衛。母は名護屋高久の娘。兄に重近重次、高山藩第3代藩主・重頼可次重勝、弟に酒井重澄がいる。室は渡辺正の娘。子に重郷金森可邑米倉昌尹室らがいる。
元和8年(1622年)、兄重頼の領地のうち、2,000石を分知され寄合に列する。のちに西城書院番となり、蔵米500俵を賜る。
寛永3年(1626年)の将軍徳川家光上洛の際に付き従う。寛永9年(1632年)に小姓組になり、翌年常陸国鹿島郡内において、200石を加増され、蔵米も合わせて700石を知行する。職を辞したのち、寛文10年(1670年)10月14日、致仕し雲雪と号する。寛文12年(1672年)、69歳で没する。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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