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金炳始(きんへいし、1832年 - 1898年)は朝鮮王朝末期の文臣。本貫は安東金氏。 == 略年表 == 金炳始と関連のある年表を示す。 * 1832年 * 1860年 - 弘文館校理 * 1870年 - 忠清道観察使 * 1878年 - 知三軍府事 * 1879年 - 奎章閣提学 戸曹判書 * 1882年 * 7月23日 - 壬午事変(朝鮮事変)発生 日本人軍事顧問 日本公使館員らが殺害され、日本公使館が襲撃を受ける〔 公文別録・朝鮮事変始末・明治十五年・第一巻・明治十五年 アジア歴史資料センター Ref.A03023654100 〕 * 1884年 * 7月 - 統理軍国衙門督弁利用軍国事務〔 アジア歴史資料センター Ref.A03023654100 臨時代理公使島村久ヨリ朝鮮国統理衙門督弁其他更迭ノ近況報告 〕として事後処理と各国との交渉を行なう。 * 7月7日 - ソウルにて全権大使(督弁利用軍国事務)として露朝修好通商条約をヴェーベル (Waeber,K. I.) と結ぶ * 1885年 * 1月 - 壬午事変の朝鮮政府側 調査委員となる。 * 1894年 - 東学党 農民軍の蜂起 * 6月20日 - 領議政となる * 6月24日 - 領議政を退く * 1895年 * 8月20日 - 明成皇后殺害事件 * 1896年 * 1月7日 - 特進官金炳始疏略 * 2月 - 露館播遷 * 内閣総理大臣(2月11日 - 4月22日)〔アジア歴史資料センター Ref.B03050313400〕 * 9月24日 - 議政府議政(翌年1月10日まで) * 1897年 * 2月19日 - 議政府議政(同年4月18日まで) * 10月12日 - 大韓帝国と国名改称 議政府議政 * 1898年 * 7月21日 - 議政府議政(同年8月12日まで) 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「金炳始」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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