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鈴木広 : ウィキペディア日本語版
鈴木広[すずき ひろし]
鈴木 広(すずき ひろし、選挙時の通称:すずきひろし1919年 - 不詳)は、日本の政治運動家社団法人日英協会終身会員等。
== 略歴 ==
東京市本郷区(現文京区)出身。慶應大学文学部卒業後、スタンフォード大学プリガムヤング大学コロンビア大学に留学。
敗戦直後に香港豪州軍戦犯法廷で通訳を務めたのを始め、進駐米陸軍八幡製鐵三菱レイヨン日興証券大日本インキ化学工業勤務を経て、東京外国語大学日本大学講師。
片山哲の影響を受け、1969年第32回衆議院議員総選挙旧京都府第1区)から旺盛な選挙闘争に着手。
主要公約は諸外国との友好、教育の充実、未成年労働者への非課税、交通網の整備、少数意見の尊重、清潔な選挙など、実直な人柄を忍ばせる常識的なもので、諸派候補の中にあって毎回上位で健闘したが、立候補した総ての国政選挙で落選し供託金を没収された。
政見放送には淡い色のスーツを身につけて臨むことが多く、冒頭にて前回立候補時の獲得票に対し、投票者への感謝と礼を申し述べることを常とした。他の候補者のように力んだり感情的になることもなく、淡々とした語り口で自らの政見を述べていた。本土復帰後の沖縄県公共交通整備が立ち遅れているとして、県内への鉄道再敷設などを主張していた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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