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1966年のロードレース世界選手権は、FIMロードレース世界選手権の第18回大会である。5月にモンジュイック・サーキットで開催されたスペインGPで開幕し、富士スピードウェイで開催された最終戦日本GPまで、全12戦で争われた。 == シーズン概要 == 、と2年間開催されたデイトナでのアメリカGPは、春先のまだ寒い時期ということに加えてヨーロッパスタイルのレースがアメリカの観客に受け入れられずに数千人の観客しか集まらずカレンダーから外されたため、この年のグランプリは再び全12戦となった〔『サーキットの軌跡 世界ロードレースGPの歴史』(p.69 - p.78)〕。ただし250ccクラスが全てのグランプリでレースが行われたのに対し、50ccクラスのレースは半分の6戦しか行われていない。また、例年6月に開催されるマン島TTレースは、船員のストライキの影響によりシーズン終盤の9月開催となった〔Meetings TT 1966 - The official Isle of Man TT website 〕。最終戦日本GPの舞台は、鈴鹿サーキットからこの年に完成したばかりの富士スピードウェイに移っている。 この年は、から始まったホンダのロードレース選手権での活動がひとつのピークを迎えたシーズンである。以前から噂されていたホンダの500ccクラス参戦がこの年ついに現実となり、初めて全てのクラスにワークスマシンを送り込んだ。大排気量クラスではMVアグスタの3気筒が、中小排気量クラスではヤマハやスズキの2ストローク勢がライバルとなったホンダは、チームの中心的存在だったジム・レッドマンが怪我でシーズンを棒に振るというアクシデントがあったものの、MVアグスタから移籍したマイク・ヘイルウッドがレッドマンの後を引き継いで軽量級のエースライダーであるルイジ・タベリとともに活躍し、3つのライダース・タイトルに加えて5クラス全てでマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得するという快挙を成し遂げた〔『二輪グランプリ60年史』(p.78 - p.79)〕。そしてこのシーズン終了後、ホンダは当初の目的を達成したとして50ccクラスと125ccクラスからの撤退を発表したのである〔『サーキットの軌跡 世界ロードレースGPの歴史』(p.79)〕。 そのホンダ・ワークスは、富士スピードウェイで行われることになった最終戦日本GPを欠場した。富士の30度バンクが危険だからというのがホンダの主張だったが〔、ホンダのグループ企業でもある鈴鹿サーキットから開催権を奪われたことに対する抗議だとする見方もあった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「1966年のロードレース世界選手権」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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