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株式会社チュンソフト(''CHUNSOFT Co., Ltd.'')は、かつて存在した日本のコンピュータゲームメーカー。現在のスパイク・チュンソフトの前身。 == 概要 == 1984年にゲームクリエイターの中村光一が電気通信大学在学中に設立したゲーム会社。中村の友人らが株主となり、調布市の賃貸マンションの1室で社員5人により活動を開始した。第1作は1985年のPC-6001版『ドアドアmkII』だった〔多摩豊『テレビゲームの神々 RPGを創った男たちの理想と夢』光栄、1994年、pp.104.〕〔志田英邦『ゲーム・マエストロ VOL.2 プロデューサー/ディレクター編(2)』毎日コミュニケーションズ、2000年、p.16。中村光一インタビュー。〕。 会社の名前は、中村光一の「中」と麻雀の「中」(チュン)に由来している〔。 ファミコンブームの到来によって、ファミコン版『ドアドア』のヒットで経営を軌道に載せることに成功し〔、以後、開発した家庭用ゲーム機のゲームソフトをエニックス(後のスクウェア・エニックス・ホールディングス)から発売していた。ドラゴンクエストシリーズの生みの親、堀井雄二に依頼され、『ドラゴンクエストI』から『V』までのプログラミングを担当している。 2005年4月21日付で、携帯電話コンテンツなどを手がけるドワンゴが買収し、同社の子会社となった。2010年8月には同じくドワンゴ系列となっていた旧T&E SOFTと同所に名古屋オフィス開設。 2012年4月1日、チュンソフトを存続会社にして同じドワンゴ傘下のスパイクを吸収合併し、株式会社スパイク・チュンソフトに社名を変更した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「チュンソフト」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Chunsoft 」があります。 スポンサード リンク
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