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G1クライマックス : ミニ英和和英辞書
G1クライマックス
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


G1クライマックス ( リダイレクト:G1 CLIMAX ) : ウィキペディア日本語版
G1 CLIMAX[じーわん くらいまっくす]
G1 CLIMAX(ジーワン・クライマックス)は、新日本プロレスが主催するヘビー級選手によるシングルマッチのリーグ戦、トーナメント戦。新日本プロレスで開催される 最大級の大会である。「真夏の祭典」として知られている。
== 概要 ==
発案者は当時の新日本プロレスの坂口征二社長。「G1」は競馬ファンとしても知られる坂口社長が競馬のGIレースから取って名づけている。
1991年に第1回大会が開催され、毎年8月上旬頃に開催されている(2014年以降は7月中旬から開催)。試合会場は愛知県体育館大阪府立体育会館など地方でも行われているが、優勝決定戦は両国国技館で行われる。ただし、2014年に限り西武ドームでの優勝決定戦となった〔新日本、8・10西武ドームに初進出 デイリースポーツ 2014年1月5日〕。なお、1993年から1998年までは両国国技館だけで行われた。
基本的にはヘビー級、ジュニアヘビー級を問わず、新日本プロレス最強の選手を決定する大会だが、外国人選手や他団体の選手が参加することもある。1996年には、J-CROWN(8冠統一決定トーナメント戦)も同時に開催されて、ザ・グレート・サスケが優勝した。また、1998年にはこのとき新設されたIWGPジュニアタッグ王座の初代王者を決めるための総当たりリーグ戦が同時に開催され、参加した4チームのうちの上位2チームが同年8月8日の大阪ドーム大会で王座決定戦を行い大谷晋二郎高岩竜一組が初代王者となった。
大会形式には以下の3通りがあり、年によって方式が異なる。
* トーナメント方式(1992年、1993年、1997年、1998年)
: 2005年から「ニュージャパン・カップ」が開催されるようになった為、トーナメント方式の大会はNJCのほうに受け継がれる。
* リーグ戦+決勝戦方式(1991年、1994年、1996年、1999年、2008年、2010年~2014年)
: 2ブロックに別れてリーグ戦を行い、各ブロックの最高得点者の2人が優勝決定戦で最強者を決定する。
* リーグ戦+決勝トーナメント方式(1995年、2000年~2007年、2009年)
: 各ブロックで1位、2位の選手が決勝トーナメントに進出し、勝ち抜いた選手が優勝決定戦で最強者を決定する。
最高得点者が同点だった場合は、進出者決定戦、リーグ戦での直接対決により順位、決勝進出者を決めるなどで対応している。以下に主な例外を挙げる。
:1999年-最終日にリーグ戦が終了した時点でAブロックの武藤敬司永田裕志が同点だったため、決勝進出決定戦で勝利した武藤が1位として優勝決定戦に進出。最終日に1日に3試合を行った。
:2000年-4ブロックでリーグ戦が開催され、各ブロックの1位の選手が決勝トーナメントに進出した。
:2001年-日本人選手だけの参加となったので、9月に「G1 WORLD」と銘打って外国人選手参加で行われ、優勝者同士で真王者決定戦を行う予定だったが、フライが直後に出場したPRIDE.16で負傷した為、延期となっていたが実現されていない。
:2004年-各ブロックの3位までが決勝トーナメントに進出する方式だったが、Aブロックの最高得点者が6人いたため、6人の直接対決と進出者決定戦により、柴田勝頼が1位、天龍源一郎が2位、中邑真輔が3位で進出した。
:2009年-Aブロックの田中将斗真壁刀義棚橋弘至3人が勝ち点7で並んだが、田中は両選手に負け棚橋と真壁は引き分けだったため棚橋と真壁が同率1位となり、コイントスで1位2位が決められた。
優勝者には表彰状優勝旗トロフィー、そして優勝賞金1,000万円(1995年まで500万円だった)が授与される。さらに副賞としてIWGPヘビー級王者ではない場合、自動的に王座への挑戦権を与えられる(2012年以降は後述する「挑戦権利書」という形で渡される)。王者として優勝したのは、武藤敬司佐々木健介の2人だけで、武藤はグレート・ムタ(1997年)、健介はパワー・ウォリアー(1994年)として出場経験があり、また2人は全日本プロレスチャンピオン・カーニバルにも優勝している(武藤は2002年、2004年、2007年。健介は2005年)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「G1 CLIMAX」の詳細全文を読む




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