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GAR-9 ( リダイレクト:AIM-47 (ミサイル) ) : ウィキペディア日本語版 | AIM-47 (ミサイル)
AIM-47 ファルコン()は、1958年にヒューズによってAIM-4ファルコン空対空ミサイルの長射程発展型として開発された空対空ミサイルである。開発当初の名称はGAR-9である。AIM-47は、新型のヒューズAN/ASG-18レーダー/火器管制システムと組み合わされ、XF-108 レイピア迎撃戦闘機を武装することを目的としていた。 == 開発経緯 == GAR-9は、アメリカ空軍のLRI-X要求に基づいて計画された兵装システムの一部であり、当初は火器管制システムがXY-1、空対空ミサイルがGAR-Xと呼ばれていた。GAR-Xは高性能炸薬弾頭又は核弾頭を搭載することを想定されていた。火器管制システムにAN/ASG-18、ミサイルにGAR-9という制式名称が割り当てられたのは1958年4月のことである。XF-108がその搭載母機として選定されたが、その時点でXF-108の実機が存在しなかった(結局最後まで飛行可能な実機が造られることはなかった)ため、ヒューズは兵装システムを試験するための機体を探す必要があった。最初はこれをXF-103としたが実現せず、B-58 ハスラー爆撃機を使用することにした。GAR-9の試射は地上発射が1961年8月、改修されたB-58からの空中発射が1962年5月から開始された。 F-108の開発は1959年9月23日に正式に中止されたが、AN/ASG-18とGAR-9の開発はその後も継続することが決定され、ミサイルは1962年の名称整理に伴う命名規則の変更によりAIM-47に改名された。F-108が開発中止になったため、AN/ASG-18とAIM-47の兵装システムは、ロッキードが1960年からCIAのA-12 OXCART偵察機の派生機として開発していたYF-12迎撃戦闘機に搭載されることになった。YF-12はXF-108と同じように胴体に兵器倉を持っていたが、XF-108のものよりも小さく、そのままではXAIM-47Aが搭載できなかった。このため、弾体を短縮し、折り畳み式の翼を持たせたAIM-47Bが造られ、これを3発搭載することにした。YF-12の兵器倉は4つあるが、このうち1つは大型化してしまった火器管制システムを搭載するためのスペースに使われてしまったため、3発までしか搭載できなかった。YF-12A試作機から行われたAIM-47の13回の試射のうち、12回が目標に命中した〔B. Rich, Skunk Works, (Boston: Little, Brown, and Co., 1994), p.236.〕。ただ1回命中しなかったものは、ミサイルの電源の故障と判断された。最後のAIM-47は、マッハ3.2、高度22,677 m(74,400 ft)で飛行しているYF-12から、地上500 ft(152 m)のQB-47標的ドローンに対して発射された。F-12プログラムもまた1966年までに中止されたが、ヒューズは量産前生産で約80発のAIM-47を製造した。また、その技術がアメリカ海軍のAIM-54フェニックスの開発に活かされ、AN/ASG-18も後のAN/AWG-9火器管制レーダーの基礎となった。
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